2014年3月12日水曜日

Tue.March 11,2014 大震災から3年

あの日から3年経った。

あの日、私はお茶の水にある本社にいた。揺れは長く続いた。揺れが収まった後でも頭の中で揺れは、しばらく続いた。社内のTVでは信じられない出来事が起きていた。都内の電車は線路の点検や余震への警戒で全く動かなくなった。社内の食堂にある休憩室で一夜を明かすことになった。携帯は通じない。西船橋の家族の安否も取れない。

朝になって、総武線が動き、自宅に戻った。TVでは、福島の原子力発電所が被災したことを繰り返し報道していた。

私の住む千葉県内でも被害者が出ている。行方不明者、死者が24名。そのうち旭市では16名が津波の犠牲になった。旭市には家内の実家があり、バレーボールの仲間がいる。

3年経った今でも原発から漏洩した放射線の除染作業は終わらない。福島県伊達市職員の友人は、毎日、防護服に身を包み除染作業に携わっている。大変な苦労である。今月は異動の時期である。役所の中で苦労を分かち合うことはできないものであろうか。別部署へ異動させてあげたい。

復旧は終わっていない。復興はまだまだ先だ。

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