2015年9月14日月曜日

13,Sep.2015  FIVB Volleyball Men’s World Cup 2015 - Day 5

きょうは、上位のチームのイタリアとの試合でした。
photo by FIVB

 結果はイタリアが格の違いを見せつけて日本にストレート勝ちでした。

3 - 0 (25-21, 25-20, 25-15)

特に3セット目のイタリアのサーブは圧巻でした。斜め回転がかかってレシーバーを弾いてしまうほどの破壊力を持つジャンプスパイクサーブは、見事でした。イタリアは、3セット計でエース(サーブの直接ポイント)を9点挙げました(日本も5点と奮起)。日本チームでは柳田がチーム最高の15点を挙げました。

日本のジャンピング・スパイク・サーバーは助走のスピードをアップさせ、その推進力をボールのスピードアップに繋げる工夫が必要です。パワーサーバーではない日本人には、高いトスよりもコントロールできる少し低めのトスのほうがコースを狙うサーブとして適していると思います。そのうえで、状況によっては、同じフォームからフローターサーブも実行できるスキルが必要です。

上位は、USA、ポーランド、ロシア、イタリアそして2敗で頑張っているアルゼンチンに絞られてきました。

今日の試合で印象に残ったのは、イタリアチーム最高の得点16点を挙げたザイチェフです。
photo by FIVB

彼は202cm、27歳。彫刻のように均整のとれた身体に端正なフェイスは、ローマ時代の勇猛果敢な騎士を彷彿させました。コート脇の女性ファンからは黄色い声援を日本選手よりも浴びていたようです。22歳の時の世界選手権で4位、前回のワールドカップでも4位、そして2012年のロンドンオリンピックでは銅メダルを獲得した主力選手です。

名前は、イタリア人らしくないですね。そうです、50歳以上のバレーボールファンでしたら聞いたことがあると思いますが、1970年代から1980年代にかけて活躍した旧ソ連の名セッターであったザイチェフ選手の長男です。
Father

父は、オリンピック金メダル(モスクワ)1、銀メダル2、世界選手権金メダル2、銀メダル2を獲得しました。日本の誇る名セッター猫田選手と並んで世界2大セッターと当時は言われました。2013年10月には、バレーボール殿堂入りの栄に浴しました。派手さはなく、堅実なセットをしていました。当時のセッターとしては長身の192cmでした。

私が、なぜザイチェフの父親に関して詳しいかというと、父親と生まれ年が同じ(1952年)だからです。また、彼の現役時代のプレーをモスクワ・オリンピック(1980)の現場で観ているからです。

息子が生まれたのは、イタリアでプレーしている時です。母親は同じソ連人で水泳選手です。息子は、イタリア国籍を取り、10歳からバレーボールを始めました。当初は父親と同じポジションであるセッターとしてでした。

人物に焦点を当てると、色々なドラマがあることが判ります。バレーボール大好きな人間たちが日本に集まってプレーしているこのような光景をこれからも永く続けられような世界であってほしいと思います。

0 件のコメント: