2015年1月20日火曜日

20,Jan.2015 成田から仁川へ、そしてプノンペンへ

昼に成田空港を出て、2時間半後に韓国の仁川(いんちょん)空港に着いた。

ここで、トランジット(待ち合わせ)して、飛行機を乗り換える。今回の一時帰国の航路は、過去2回のバンコク経由と違う。そして、発見した。インチョン経由の方が、初めてカンボジアに来る人にとっては乗り換えやすい、ということだ。確かに、勝ち時間は3時間もあるが、長所もある。

3つある。まず、案内板の殆ど全てに日本語が表示されていること。バンコクの空港は余りに大きすぎるし、乗り換え通路がわかりにくい。日本語の表示はない。次に、乗り換えなので再検査がある。検査の係官は日本語も理解できる。バンコクでは、パソコン、携帯もバッグから出して検査を受けるが、靴も脱ぎ、ベルトも外してくれと要求される。最後には、海外が、初めての人には免税店やその国の伝統工芸品が販売されているので、見歩くだけでも楽しい。

あと、1時間でプノンペン行きの飛行機が出る。

私のベンチの廻りには、少しずつカンボジア語を話す人たちが集まってきた。急に石川啄木の短歌が脳裏に浮かんだ。

「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」。

ここでの停車場とは、上野駅であろう。上野駅は東北の玄関駅であった。東京から故郷の岩手県に帰省する啄木が、駅に集まってきた同郷の人達の訛に故郷を感じたのであろう。

カンボジアに来て、私も8か月。ようやく私もタイ語とベトナム語とも違うカンボジア語を理解し始めてきたということの証なのであろうか?

このブログも、日本ではWiFiの環境が整っていなく、今回の一時帰国では、自宅にいた時が少なかったのでパソコンからブログが打てなかった。明日から、また私の日常を拙い文で報告させていただく。

2015年1月19日月曜日

17,Jan.2015 Vプレミアリーグ男子を観戦

きょうは、愛知県小牧市の体育館に行った。

東京駅から新幹線にて2時間で名古屋駅に着く。そこから地下鉄、私鉄を乗り継ぎ50分ほどして会場に着いた。

役員受付には、愛知県ソフトバレーボール連盟の会長がおり、しばし歓談。堺ブレザースの部長の田中幹保さん(元全日本男子のエーススパイカー、その後、全日本男子の監督を歴任)とも3年ぶりぐらいで再会できた。

聞けば、現在、タイランドからクラブチームが堺チームに合宿に来ているとのこと。東南アジア各国のクラブチームは精力的に動いている。カンボジアも、来年ぐらいは日本に来たいものだ。

第2試合が始まる前に以前から約束していたFC東京総監督の吉田さんと情報交換を行った。試合後は、明日の会場の大阪に移動した。

2015年1月11日日曜日

11,Jan.2015 ご無沙汰しました

こちらのブログを1週間お休みしていました。

5日に、韓国のインチョン空港で飛行機を乗り継いで日本の成田空港に降り立ちました。日本は8月の一時帰国以来4か月ぶりです。

とにかく寒かった!プノンペンの今の時期の最低気温が25度で千葉県の最高気温が8度。この差はゼッヒツに表しがたい

親戚に急病人が出たので、病院に行きお見舞い。その後、家内の実家の千葉県旭市に行き、食べたかった鰻丼を頂いた。

6日には、東京都体育館に行き、春高バレーの観戦と役員関係者に挨拶。

7日、8日は家内の実家で資料の整理。

9日は、午前中に前FIVBコーチ委員長(元日本バレーボール協会専務理事)の豊田博先生と食事。夜は千葉県バレーボール協会小学生連盟役員と新年会を船橋市内のタイ料理店で。

10日は春高バレー準決勝戦を観戦。明日の決勝戦は男女とも西日本勢。観戦中、私のお隣にアゼルバイジャンからバレー修行にやって来た女子選手が2名座った。マスコミのカメラマンンもゾロゾロ付いてきた。よく見ると、1人は「美しすぎる選手」のあの選手だ。身長180cmぐらいでロシア系とアジア系の入り混じったエキゾチックな顔立ちとほっそりした体つきはまるでファッションモデルだ。女性には必ず挨拶するのが私の礼儀であるから、英語でちょっと話をした。

夕方になって、市谷にあるJICA日本国際協力事業団の会議室に向かった。下部組織の青年海外協力隊バレーボール隊員OG・OB会の設立総会が行われた。来賓にJICA、日本バレーボール協会から役員を迎え、記念講演者には、筑波大学大学院准教授の高橋先生を迎え、有益なご講演を聞かせて頂いた。

総会で役員が承認された。私が初代の会長に選ばれた。海外にいる会長というのは、あまり聞いたことがない。日本にいて余計な仕事をやられるよりはカンボジアに閉じ込めておく方が良いと判断したのかどうか、定かではない。

さて、これから春高バレー決勝戦の会場に移動しよう。

2015年1月4日日曜日

04,Jan.2015 初詣はアパートメントの屋上で

いつも通り5:30に起床した。初詣をまだしていなかったのを目が覚めて思い出した。

すぐに、我がアパートメントの屋上にエスカレーターで上がって行った。屋上は17階にある。

東側にメコン川がうっすらと見えた。

願い事は、家族の平安である。大きな幸せも小さな不幸もいらない。家族共に普通の暮らしができるように手を合わせた。

2015年1月3日土曜日

03,Jan.2015 クメール料理と日本酒の相性は・・・?

クメール料理(カンボジア料理)を語るには、まだ食べ歩きが足りない。

せめて、正月気分を味わおうと、昨夜は少しオシャレなクメール料理専門店に行った。2か月ぶりであった。店主に電話で予約を入れて出かけた。そこのレストランのオーナーはマレーシア人。昨年の8月に店を開店したばかりで、その時に私が2日続けて店に行ったことで私のことが強く印象に残ったようだ。

今夜はお客も少ないということで、年の頃30歳前後と思しき若いオーナーは、私の食事に相伴した。3種の料理とビールを2杯飲みながら、彼の身の上話を初めて聞いた。

近々、彼の母親(47歳)が日本人男性(47歳)と再婚するとのことを聞いた。私の亡くなった父親も再婚だった・・・だから、私は2人の母親を持っている。その後、父は、また離婚した。小学生の時から私は父子家庭の子であった。2人の母親は、今どこでどうしているか・・・私は、知らない。そんな話をしながらお互いの共通点を見つけ、以前よりも親しみを感じた。

彼は幼少時代を台湾で過ごし、その後、マレーシアに移り高校・大学生活を送った。マレーシアの小学校での授業は中国語、中高校の授業では現地のマレー語、大学では英語だということも聞いた。英語は英国英語であるとも言っていた。

正月らしく、日本酒を注文した。日本酒は店に置いていないので、近くのマーケットに買いに行ってきますと、彼は席を離れた。そして15分ほどして、小瓶を2本手に持って戻ってきた。支払いの時に金額を見たら日本酒代金は入っていなかった。カンボジアでは、日本酒は高価だ。今夜の料理代金とほぼ同じくらいの額になるはずだ。

店主の心意気を嬉しく思いながら、店を出た。外は25度くらいの気温で、風が心地良かった。

2015年1月2日金曜日

02,Jan.2015 新年2日目

年末に、私がアドバイスしている市内のクラブチームの指導者は、次のように言っていた。

「新年を迎えるたといっても、我々カンボジア人にとっての正月は4月にあるので、バレーボ-ルの練習は、1月1日だけ国際的な慣習に従って休むだけで、他の日は平常通りにやります」

ところが・・・。

「選手達が4日まで休みたいというので、休みます」・・・との連絡が入った。私も、ここでの生活が半年を過ぎたので、いまさらドタキャンには驚かない。苦笑いするだけである。

練習がない日は、TVのニュース番組を観る時間が多い。年末はNHKの紅白も見た。子供たちの学芸会を見ているようであった。司会者の選ばれる基準も良くわからない。紅白は20分ほど見て、ニュース番組のCNNに切り替えた。

CNNでは、上海で起きた事故のことを繰り返し報道していた。上海で最大の観光地であるバンド(BUND)に新年を迎えるために集まった群衆が将棋倒しになり、36名が圧死した。原因の1つと考えられるのが、近くのビルの6階からばら撒かれたドル紙幣に似せた飲み屋の割引券を拾おうとして群衆が殺到したことで人々が倒れたということだ。集まっていたのは大学生たちが多かった。そして、亡くなった人の多くは女子大生であった。
(現場からやや離れたところに作られた献花の場ーAFP)
なんとも痛ましいことである。新年を待つ期待感が一瞬のうちに悲劇に変わった。お金に似せた割引券をばら撒いた人間にも罪はあるが、警察の警備状態はどうであったのか。コントロールできないほどの群衆を1ヶ所に集めることには必ず危険が伴う。

ここカンボジアでも、2010年に王様の誕生日を祝うイベント(Water Festival:水祭り)で353人が橋の上で身動きできなくなり圧死した。今年、警官を倍増して再開されたが、私は会場には近づかずに自分のアパートメントの屋上から花火大会などを見た。

興奮度は間近で見るよりも半減以下であるが、安全が第一である。

The lesson we've learned from this is that we should avoid places with too many people during festivals.


2015年1月1日木曜日

01,Jan.2015 謹賀新年 A Happy New Year !

新年明けましておめでとうございます。

新しい年を迎えることができたことを皆様と一緒に喜びたいと思います。


私の今年の言葉は、『続』です。

白川静「字統」では、「糸の連なる意」と説明されています。

糸が繋がれば、長くなります。

一つの事を長くやることが大事と私は思っています。

反対語は、『断』です。

途中で止めてしまうことです。

いつまでたっても成果が出てこない、そんなイライラが最高潮の時こそ、

実は成果がポンと出てくる予兆です。

その時に、努力を継続して、もう少し辛抱するかしないかで結果が違ってきます。

苦労せずに、楽に、最短距離で成果は出ないものと私たちは経験で知っています。

神頼みは、努力した人のところにのみ叶えられます。