2008年4月29日火曜日

4月もあと1日で終わり


 歳を取ると、年月の進み具合が早いというが、本当にそうだ。正月が来たと思っていたら、うるう年の二月が過ぎて、娘の卒業式列席の三月。ニュースにも事欠かない。オリンピックの年でもあり、こちらの話題もメデイアに毎日満載。四月の新学期、新入社員・転勤者の歓迎会、協会・連盟の委員会・総会と続いた。
 本日は、溜まっていた新聞雑誌切抜きの整理をやった。本棚の整理もしなければいけない。資料は3年間見ていないものは「死料」と考え捨てよう。集めることも大事だが、捨てることも大事。そして、本当に大事なことだけ覚えておきたいものだ。
 夕方から、千葉市のママさんバレーの練習に行ってこよう。和歌山のお土産の「はちみつ梅干」をいつもの夜の反省会常連のベテランにあげよう。
 さて、しばらく45分ほど私なりのバレーボール技術論「SETTING」(セッター論)の追記・修正を今から行う。今やっているのは、英文表現。できるところはなるべく簡易な英文に換えている。近い将来の海外でのコーチングのときに困らないように準備の意味もある。

2008年4月28日月曜日

総合型地域スポーツクラブの支援で和歌山県に

 一昨日と昨日は、平成17年に総合型地域スポーツクラブとして立ち上がった「くちくまのクラブ『SEACA(シーカ)』(和歌山県上富田町)に行ってきた。昨年だけお休みしたが、「子供チャレンジDAY」に3回目の訪問をした。羽田から南紀白浜空港に降り立った。東京の空と比べてなんと明るいことか。海岸がすぐそばにあるからか痛いほど陽光が明るい。森の緑も新鮮な感じがする。
 小麦さんという珍しいお名前の事務局長の車での出迎えを受け、初めてクラブハウスにお邪魔した。ここのクラブハウスは、なんと無人駅の駅舎内にある。JRの朝来(あっそ)という駅です。(茨城県には潮来(いたこ)という地名があるが、間違いそう。)。和歌山県の南部に位置している。 無人駅は、JR西日本管内で685駅あるという(平成16年4月現在。JR西日本調べ)。無人駅は、管理する人がいないので高校生などのたまり場になりやすく、落書きしたりゴミを散らかしたり荒れ放題になってしまうことが少なくない。朝来駅でも同様だった。 JRから町が譲り受け、無人駅舎を「まちのほっとステーション」として改装した。町では管理運営をしてくれる団体を探していた。「くちくまのクラブ」が総合型クラブ創設への取組みを始めた平成17年の始め頃。拠点を求めるクラブと町のニーズが合って、平成17年5月から「くちくまのクラブ」のクラブハウスとして利用できることになった。クラブと町がお互い“渡りに船”というハッピーな状況でした。

 クラブ内には、貸し出し用の図書やマッサージ機もあった。その後小学生2チームに実技指導。夜は6人制ママさんチーム2チームに指導。夜9時からは、他の種目のサッカー、バスケ、バドミントン、野球の講師とクラブのスタッフの方々凡そ20名で、新鮮な海の幸を頂きながらミーティングならぬ大放談。

 翌朝は約500名の子供たちが、会場の熊野高校に親とともに集り、一人3種目以上のスポーツ種目を体験し、スタンプ表を持参してきた子供たちは体育館で抽選会を楽しむ。昼休みには4月に発足したばかりのマーチングバンド(写真)のお披露目があった。

 目下のクラブの課題は、多くの小学生がスポーツに楽しんで来たのはいいが、進学する中学校では部活が低調で、顧問が居ない種目もあるので、現在教育委員会と交渉している状況とのこと。住民が小学生バレーの指導者を務め、自身のやりがいを逆に子供たちから教えられ、共に育ちながら活動を推進している姿が微笑ましかった。

 千葉県船橋市と青森県弘前市でもバレーボール型地域スポーツクラブを立ち上げたばかり。私もアドバイザーで関わっている。和歌山のクラブとネットワークを築き、毎年少しずつの前進をしていきたい。子供たちの可能性をふくらましていきたい。

2008年4月24日木曜日

東京都ソフトバレーボール連盟総会 その2

 総会の中で、次のような質問・要望があった。「東京都は大会が8つもあって関東では大会数では№1です。但し、内容は年齢フリーの混合がほとんどで、我々50歳以上の人間の出番が非常に少ない。チーム数も少ないのですが、もう少しご配慮願えないものか」。総会の最後には恒例になったが、相談役の私から一言お話を申し上げている。今回は、上のご要望に対して私は次のように申し上げた。「確かにおっしゃるとおりです。我々連盟は皆さん方の現状対応に即する形で、つまりニーズ(必要性)に対応して今まで交流大会数を増やしてきた。これからはニーズ対応するだけでなく、未来志向型への対応としてのシーズ(種)の活動もやっていかなくてはいけない、と考えています。年齢フリーの部は交流大会においてレベルもさほど変わらないスタート時の大会の持ち方であり、数年経ち慣れてくると年代の違いがレベルの違いに如実に出てきます。このころから、年代別のゲームをフリーから枝分けすることで同じようなレベルで楽しむことができるように連盟役員は配慮して行くべきと私は考えています。できるところからやっていきます」。
 例え、50歳以上の部への出場チームが3チームであっても、それを3年間続けることが大事。チーム数が増えないのは、連盟役員の努力不足と私は考える。広報・宣伝の不足もある。ベテランは人生の先輩達。コート上でのプレーの態度もそうだが、会場内での振舞い言動に若い後輩たちは学ぶところが多い。ベテラン(高齢者という言い方を私は使わない)を大事にしない連盟組織はおそかれはやかれ衰退して行くと考える。同様に、未来を築いて行く子供たちや地域を形成する家族(ファミリー)のファミリーの部を大事にしない連盟組織も早晩衰退の道をたどる。理念のない大会を運営するだけ、参加チーム数の多さを誇るだけの「大会屋組織」「自己満足組織」に陥っている連盟組織は結構多い。我々ソフトバレーの愛好者が目指しているのは「一位」ではない。目指しているのは「一流」ではないか。

2008年4月22日火曜日

東京都ソフトバレーボール連盟総会開催

 4月20日(日)東京都体育館大会議室にて創設8年目の総会を開催した。東京都ソフトバレーボール連盟の運営が芳しくないから君と原さんとで再立ち上げしなさいと、命令とも指示とも言えないことを日本ソフト連盟の当時の会長である喜島氏から依頼されてから7年も経ったんですね。その間、私は千葉県の理事もやっていたので2足のわらじで結構忙しかった。東京都でも理事と言うわけには行かないので、常任相談役という肩書きで運営に関わってきた。その分、千葉県がなおざりになってきたのは反省している。
 さて、続きは明日にしよう。今夜は千葉県船橋市の我がソフトバレークラブの総会である。それでは・・・。

2008年4月19日土曜日

気仙沼に一泊

 会社の業務で、宮城県気仙沼市に行ってきた。朝7時26分に東京駅から仙台まで新幹線で2時間半、そこから出迎えの営業車で更に2時間半。途中は東北随一のどこまでも続く田圃地帯や満開の桜を見ながら、昼過ぎに気仙沼市に到着。まずは腹ごしらえと、港の見えるレストランにて名物の「ふかひれ丼」(1,200円)を頂く。どれがふかひれか肉眼では見えないほど細く薄いふかひれではあった。その後、得意先の新店オープンの準備に入り、夜9時で商品の搬入と飾りつけが終了。人口10万人の市だが、夜も9時過ぎになるとほとんど人も歩いていない。赤提灯の店で営業所の所長他6名でビールで乾杯。珍味というものはなかったが、ほやの塩辛は旨かった。地元の料理は、やはり地元の人が一緒に行ってくれるお店が一番良いのだが、今回は、仙台の営業所の人間ばかりなので、岩手県に近い気仙沼市の気の利いた店までは情報が入っていないようだ。
 家族とママさんバレーのお土産に、気仙沼名産の「ふかひれスープ」を買い込み、夜には千葉市のママさんバレーの練習に向かった。たまには、バレーから離れた生活も良いものだ。
 明日は、東京都ソフトバレー連盟の総会を東京都体育館大会議室で行う。

2008年4月12日土曜日

ソフトバレー全国大会実行委員会開催

 本日は、やっと春らしくなって気持ちの良い日だった。東京体育館の会議室にて、午前中に日本連盟の企画委員会(常任理事会に相当するもので最近のスポーツ界はこのような名称を使いたがる)、午後からは協賛者の名鉄観光さん同席し、全国大会(ファミリー、シルバー、レディース&メンズ)開催地連盟役員との第1回実行委員会を開催した。私はシルバー交流大会(宮城県)に行き、大会副委員長を務めることとなった。
 閉会後、体育館近くのレストランのテラスで、西山会長、成田理事長、原総務委員長と一緒に春風を頬に受けながらビールをご馳走になった。成田理事長の携帯には頻繁に外部から連絡が入る。成田理事長は、国内事業本部長そして、全日本女子の強化委員長も兼ねている。世界最終予選会(OQT)を5月に控え、チーム編成も最終段階に来ているようだ。女子のアジア代表は間違いないと思うのであるが、韓国も侮れないので一抹の不安を抱いている。男子は女子の後最終予選が同じ東京体育館にて行われるが、男子は相当に厳しい戦いとなるのではないか。
 さて、明日は相模原市のほうで会社のお仕事。久しぶりにお店の中で販売応援に立つ。会社のこの仕事は2週間前に急に入ってきた。仕事だから致し方ないが、おかげで明日予定していた私の地元の市民ソフトバレー交流大会には不参加だ。またまた運動不足でメタボラになりそう。

2008年4月10日木曜日

“かし爺さん”のコメントに回答します

 かし爺さん、こんにちは。ブログ読者とのこと、私としては緊張しますね。さて、ここのブログは私個人のブログですので、ここでの回答は私人の立場での回答になることをご了承下さい。では回答させていただきます。
 【質問】「ソフトバレーの場合、ネット下でのオーバーネットの反則は有るのでしょうか?」
この質問は、「ネット下をボールが通過した場合」の判定ですね。ルールブックでは「ボールがネット下を通過して相手コートに入った時は、ボールアウトである」(p.23)と規定されています。主審は、ボールが完全にネット下を通過した時点で吹笛します。ボールがネット下を完全に通過する前に自コートにボールを取り戻すことはできます。この場合、ネット上でのオーバー・ネットの反則に該当する「アンダー・ネットの反則」というようなものはありませんので注意してください。また、6人制のようなアンテナ外や支柱外側通過のボールの取り戻しはできません。隣接するコート上でプレーするソフトバレーの場合は安全性への優先配慮で、取り戻しはできないとしています。この場合もネット延長線上をボールが完全に通過した時点でボール・アウトの吹笛をします。

【お願いその1】ボールがネット下を通過した場合のハンドシグナルについて。
現行ルールのハンドシグナルでは、ボール・アウトのハンドシグナルを示すように取り決めています。
この件に関しては、多くの愛好者から6.9人制と同様のハンドシグナルにしていただきたいとの声を聞いています。6,9人制との整合性を図る意味でも、6,9人制同様のハンドシグナルにする方向で修正していくのが望ましいと考えます。

【お願いその2】ボールがネットとアンテナ同時に触れた場合の対処について

「ボールがアンテナとネット同時に接触した場合、プレーの続行ができる」としたのは、それでなくとも狭いコート内で「ラリーの継続を楽しんでいただく」と言う理由で採用しているルールです。ボールがネットとアンテナ同時に接触したのか、同時に接触した後にアンテナだけに接触したのか、審判団は自分の眼で確認した『事実に基づいて』判定してください。「微妙な接触」に関しては、スポーツにおける判定は『疑わしきは罰せず』の姿勢で「ラリーの継続性を保証する」ように対応してください。

 最後に、審判規則委員長に就任して2年目を迎えることができました。一委員の立場と委員長の立場はまったく違います。提出する文書、発言に責任が付いてきますので相緊張する日々を送っています。ルールの改正・修正、取り扱いを決めていく過程には、日本ソフトバレーボール連盟審判規則委員会での検討、連盟の承認、日本バレーボール協会審判規則委員会の規則部での検討と承認、更には日本バレーボール協会の指導普及委員会の承認という流れがあります。当たり前のことですが、ルールは審判長が作っているわけではありません。愛好者からの要望・意見、バレーボール界全体からの意見・提言・指導をまとめながら、最後は愛好者の納得の元、ルールの改正・修正にあたっています。

 『納得』という文言を私は大事にします。6,9人制のママさんバレーや高校生の全国トップのチームも日常技術指導していますが、一方的な指示命令で私は指導しません。そのような指導ではある程度までは上手になりますが、それ以降の進歩は期待できません。私は、きょうの練習のポイントはこういうところ、ゲームでこのようなケースではこの戦術を用いるので、その時選択する技術はこれこれがある。この技術を技能(スキル)のレベルまで持っていくには、これだけの時間練習しなければいけない、君達はそれをやるかい?以上のように指導者の理解とプレーヤーの理解をシンクロさせて目標達成に向かわせます。シンクロとは『納得の上での理解』ということです