2009年7月18日土曜日

三宅島ソフトバレー事始め


7月11日から13日まで三宅島にソフトバレーの講習会で行ってきた。その一部を報告する。
 7月11日(土)夕方から両国のホテルにて東洋高校さいかち会(父母の会OB.OG)の定期総会があり、司会を務め、軽い夕食をとり、総会後の懇親会中に抜け出し、三宅島に行くために竹芝桟橋に着いたのは9:30。東京都スポーツ文化事業団の牛島課長、志村さんのお二人に出迎えて頂き10:20発の「さるびあ丸」に一緒に乗船した。まずは、夜食を兼ねて1等船室の和室にてビールで乾杯。同行の志村さんという一般行政職の方は初めての島行きということで多少興奮気味。
 7月12日(日)早朝の5時に三宅島の三池港に着く。今夜宿泊するホテルからの迎えのワゴンに乗り込み、島の反対側にある15km先の阿古という土地に向かった。三宅島は、平成12年に雄山(おやま:775m)が噴火し全島民が避難したことは記憶に新しい。現在でももともと3,500名いた島民の600名ほどがまだ帰島していない。火山ガスに含まれる人体に有害な二酸化硫黄が風に乗って民家まで流れてくる土地がまだあるからだ。途中通り過ぎた集落は確かにゴーストタウンと化していた。三宅島の雄山は昭和期に入ってから15年、37年、58年と噴火をほぼ20年周期で繰り返している。
 民宿を大きくしたような漁港脇のホテルに着いて、少し仮眠をした。7時にシャワーを浴び、朝食を頂き、会場である旧阿古小学校体育館に向かった。当日の出席者は、予定では20~30名であったが、東京都議選投開票日と重なったため、受講者の半分が投開票所のお手伝いの方に回ってしまい、半分の15名の体育指導員が集まった。主催者の三宅島教育委員会の教育課長、課長補佐と名刺交換を行い、早速3時間の講習を始めた。
 本来は、午後はゲームを行う予定であったが、これも選挙のためつぶれてしまった。午後の時間を活用して島内1週の研修とした。ガイドは今年、島教育委員会に就職したばかりの佐久間さんが多忙な中務めてくれた。旧石器時代の化石も出土している三宅島であるが、何といっても自然が素晴らしい。島内1周が35kmの都道を軽快に中古車が走る。島内では新車を目にすることはない。四方を海に囲まれているため塩害と噴火口から流れ出る二酸化硫黄が車体の腐食を促進するので島の車はほとんど中古車です、と佐久間さんは説明してくれた。約2,000年前に火山爆発でできた火口湖「大路池」に案内された。車がやっと通れるような細い道をジャングルのような森林の中を走っていく。周辺には昔ながらの照葉樹林がそのまま残っており、珍しい鳥や植物を間近で観察できた。
 予定では、夕食は受講者の方達とのバーベキューであったが、これも選挙のためキャンセルとなった。実は、このバーベキューで三宅島の体育指導員の方達と親交を結び、ソフトバレー普及の弾みをつけようと考えていただけに、正直残念無念であった。しょうがないので、3人でホテルの食堂にて明日葉(アシタバ)のてんぷらと刺身の盛り合わせで夕食とあいなった。
 TVの選挙速報では、7つある一人区(いちにんく)の議席をめぐって自民と民主が激しく争っているのが報じられていた。結果は自民の大敗で、唯一議席を守ったのは三宅島など伊豆諸島・小笠原諸島の「島嶼部」といわれる選挙区である。当選議員は川島さんという都議会議長も務めたこともある7期目を目指すベテラン議員の方である。島しょ部では、政党名よりも人物で選んでいる選挙民が多いのであろう。
(画像は大路池にて。祖父母の住んでいた三宅島に単身戻り行政職員としてスタートした佐久間さんと一緒に記念写真。彼が今後の三宅島ソフトバレー伝道人になってくれることを期待している)

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