2014年6月14日土曜日

Fri.June 13,2014 連盟の会議に出席

カンボジアでは、物事は予定通りに行きませんよ。そのような言葉を永くカンボジアに住んでいるイタリア人のビジネスマンに何度も聞いた。

そうかと思うと、予定よりも早く進むこともある。昨日、急にバレーボール連盟から連絡が来て、明日、会議を開催するので出席してください、と依頼の電話が入った。

7時には迎えの車がやってきて、カンボジア・オリンピック委員会の入っている建物に着いた。会議は8時から始まった。出席者は、会長始め2人の副会長、そして重鎮ばかりが集まった。決定事項は、複数出てきた。

会議は2時間ほどで終わった。私はプリンターを購入しに市内で一番大きなCANONだけを扱っている店に行った。ここにはモノクロの事務用の角形のプリンターしかなかったが、市内ではどこも同じようなものしかないので、ここらで手を打って、2万9千円で購入した。

2014年6月13日金曜日

Thu.June 12,2014 陸トレが短時間の理由とは?

ポリスのチームの練習を手伝って4週目に入った。今週は、陸トレ週間なのか、走ったり、階段を利用して脚力養成に集中したトレーニングをコーチは実施している。

会場はオリンピックスタジアム。ここは、風通しが良い。それにしても1時間ほどで陸上トレーニングは終了したのは、少し短すぎではないか。そう思って、コーチに聞いてみると、この暑さではそんなに長く走っていられないですよ、と返事が返ってきた。確かに、朝8時でも、気温は既に30度を超えている。

気になっているのは、コーチが毎回ストップウオッチを手に持って計時しているが、データとして全員が見れるようにグラフ化にしているかどうかは怪しい。全員が見れるようにしておくことで競争的にもなるので良いと思うが・・・。

来月には、ナショナルチームを選出し、招集するのであるが、まずは体格と体力測定から始めたい。比較するのは、全日本男子、Vリーグチーム、大学生のアベレージ(平均)と最高値である。3ヶ月に1回は測定し、各人のランニングデータとしても残していきたい。

2014年6月12日木曜日

Wed.june 11,2014 カンボジアで活躍するシニア隊員

JICA(ジャイカ)の正式名称は、独立行政法人国際協力機構という。

具体的には、海外でも特に発展途上国への技術協力、有償資金協力(円借款)、無償資金協力の援助手法を一元的に担う、総合的な政府開発援助(ODA)の実施機関である。

この機関には、2つのボランティア組織がある。私が、かれこれ38年前に参加した青年海外協力隊(1965年設立)とその後に設立されたシニア海外ボランティア(1996年設立)の2つである。

おっと、このブログを打っている今まさに日本のどこかの県のソフトバレーボール愛好者からルールのことであろうか質問電話がかかってきた。ご回答したかったのであるが、こちらはカンボジアなので通話料金がとても高いですから、メールにしてくださいとお願いして電話を切らせて頂いた。

さて、ボランティアの話であった。そのシニア海外ボランティア(40歳以上69歳まで)でカンボジアに現在派遣中の方達は24名いる。体育スポーツ関係に絞ると4名。具体的には、合気道、サッカーの種目と体育である。

きょうの午前中に、体育教員養成に派遣されて3年目になる土谷先生の現場を拝見させて頂いた。ここカンボジアでバレーボールの指導を行う場合、他種目からも学ぶことは多い。


早朝に、先生が本職以外にボランティアで指導しているというカヌーナショナルチームの練習現場に向かった。宿舎の脇には先生手作りの筋トレ用の器具が置いてあった。50年前の日本でも、私たちは手作りでダンベルやバーベルを作って体作りに励んだことを思い出した。

無いことを嘆くよりも、無ければ工夫してくれば良い。先生は、そんな非常にシンプルな考えを持っている。昨年の東南アジア大会でカヌー連盟として銅メダルを初めて取ったというのも頷ける。

その後、先生の職場に向かった。カンボジア教育青年スポーツ省管轄の国立体育教員養成校は、1988年に国内で初めて発足した体育教員養成校である。現在でも国内唯一の体育教員養成校である。1学年が約150名5クラスの2年生。卒業後は、国内各地の中・高等学校に体育教師として派遣される。

グラウンドには、整備されたバレーボールコートが2つとバスケットボールコート、ハンドボールコート、サッカー場があった。コートのほとんどに手作り感があった。体育館はまだない。先生は、個々の学校でアドバイザーとして教員を支援している。先生は、教科書も作成し、最近改訂したものには図が多く載って理解しやすい。

先生のような先輩がカンボジアにいてくださって、感謝している。ゼロからスタートする覚悟で私はここに来たのであるが、先生の過去2年半の経験が私に凝縮された形で伝わってくる。先生の後押しがあり、私の活動は思いのほか早く前に進み始めた。

学校を出て帰宅の途中、車を降りてメコン川沿いのお寺に案内された。1993年に国連ボランティアとしてカンボジア総選挙の監視活動中に武装集団に襲撃され、亡くなった中田厚仁(あつひと)さんの墓標があるというのでお参りしてきた。当時25歳の若者であった。

カンボジアの歴史は、多くの先達たちの手で作られてきた。我々日本人の先輩たちもその中にいたことを誇りに思う。

2014年6月11日水曜日

Tue.June 10,2014 カンボジアの床屋さん初体験

本日は、練習お休み。そこで、カンボジアに来て4週目を迎え、髪の毛も伸びてきたので、散髪に行くことにした。丁度、アパートメントから歩いて3分のところに理髪店らしきものがカンボジア語で書いてある。そこに行ってみることにした。

店の中には3人ほど店の人間がいた。技術者は、全員20歳代の若い女の子だ。日本のように理容師の免許を持っているのかどうか怪しいが、まず料金を聞いてみた。300円!むむ・・・安すぎる・・・大丈夫かな・・・?どうせ、カットするところはあまりない最近の私の寂しい頭髪だから、失敗しても構わない、やらせてみよう。

結果、日本の1,000円ショップよりは随分とましな出来栄えである。洗髪は、別室で美容院にあるような後ろ向きの洗い方であった。もともと、ここは美容院なのかもしれない・・・。

その後、店の経営者らしき中年の女性がロングドレス姿で現れた。日本の女優の泉ピン子さんにそっくりだ!怪しげな赤い口紅を塗った口元から聞き取りにくいカンボジアアクセントの英語が出てきた。どうやら、2階にマッサージ室があるらしい。「テラピー?orオイル?」と私に聞いている。

「テラピー」ってなんだ?フランス語か? そうか「セラピー:therapy(心理療法)」だ。フランス語はhを発音しない。その昔、フランス領だった名残だな。つまり、「心も癒すマッサージ」ということを勧めているのだ。料金を聞いた。1時間、全身マッサージで500円だという。

頭も軽くなって、すっきり。体もマッサージで揉んでもらって、幾分リラックスできた。800円支払って、また来るよ、と言って店を後にした。


泉ピン子似の女主人。よく似ている。見れば見るほどよく似ている。まず金額の確認。3ドル(300円)とのことでOK。さて、300円カットとはいかなるものか?

2014年6月10日火曜日

Mon.June 9,2014 日本大使に面会

カンボジアでの表敬訪問も、きょうの在カンボジア日本大使への挨拶で最後だ。

大使は、多忙のところを私のために時間を割いてお会いしてくれた。私のような一個人にお会いするということは極めて異例らしい。誰の紹介もなく、自分で大使館に面会を申し込んだ。間に入った書記官が興味を示してくれたのだろうか。いずれにしろ、30分くらいで面会は終わった。

大使のお話で、2023年に、ここカンボジアでSEA Games(東南アジア大会)が開催際されることを知った。その時まで、私はこの地に居ないであろうが、元気であれば、日本から応援に来ているであろう。勿論、カンボジア男子バレーが優勝する瞬間を見に来ているであろう。

Sun.June 8,2014 地方に選手発掘へ #2

さて、休憩をはさんで約3時間後に目的地のカンポンチャン市に到着。
(州警察署の玄関)

まず、州警察署に行き表敬訪問。ここの警察チームは強く、本日の州大会決勝戦に残っているという。そして、その警察チームよりさらに強い公務員チームと私がここ3週間、補助指導してきたプノンペン警察チームが決勝戦後にエギジビションゲームを行う。

警察署を出て、会場に行く途中で日本政府が建造したメコン川に架かる橋「きずな橋」を背景に写真を撮ってもらった。


その後、会場に行った。


思った通り、屋外のコートであった。しかもコート内はコンクリートで固められていた。見栄えは良いが、ジャンプを繰り返すバレーボール選手たちにとっては膝に良くない。スライディング・レシーブもできない。硬い床には故障・怪我の原因になる要素がたくさんある。日本でも30年前まで、以前の東京体育館の床もコンクリの上に薄いゴムを敷いているだけの硬い床であった。同行のカンボジアバレーボール連盟事務局長にこのような床を改善して頂くようにお願いした。

この大会には3年前からスポーンサーが付いている。タイのビールメーカーの”LAO BEER”である。プノンペン市内でもまだ見かけないビールメーカーである。のぼりや販促物を見ても、相当広告宣伝のためにバレーボールに力を入れている。

午後2時半から、準決勝、決勝戦と行われ、いよいよ観客が待っていた自分たちの州の代表である公務員チームと首都プノンペン市を代表する警察チームの対戦である。両チームのアップが始まろうとしたとき、雨期の近いシーズンとあって雨がポツリと降り始めた。その時、州知事が「今建設中の体育館がこの近くにある。壁と観客席はまだできていないが、こういう時のために準備はしていた」と観客にアナウンスした。

車で2分のところに、確かに屋根がついて、明かりも数は少ないが体育館、いや体育室があった。観客もエンドライン3m近くまで迫って地元チームの応援に声援を飛ばしている。

結果は、警官チームの圧勝に終わった。ここ2週間、サーブレシーブ(Reception)の練習を毎日の練習の最後に必ず入れるようにチームの監督に提案していたのが功を奏したのかも知れない。

概して、カンボジアのチームはスパイク練習が大好きである。ジャンプ力もある。手足も長い。アタックライン手前のフロントゾーンに軽く打ち込む。スパイク練習は好きだが、それを防ぐブロック練習は皆無に近い。スパイク練習もノーブロックの練習で行う時間が長い。つまり、実践的な練習が少ないのだ。

それも、ここ2週間前から少し改善した。ポリスチームの監督は最近監督に昇格した30歳後半の元セッターで素直に私の提案を聞いてくれる。

試合後、警官チームの選手たちは市内で一番大きい中国料理店に行き夕食を採った。その後、私の乗った車と選手たちを乗せた中型バスは前後に連なってプノンペン市に帰った。アパートメントに着いたのは深夜11:30であった。朝7時から16時間・・・部屋に着くなり、そのままベッドに倒れるように横になり深い眠りに落ちた。


2014年6月9日月曜日

Sun.June 8,2014 地方に選手発掘へ #1

いよいよ、地方のバレーボール事情視察と選手発掘が始まった。今回は、首都プノンペンから車で3時間のところにあるコンポンチャム州の州都であるコンポンチャム市。人口は約100万人。

朝7時にプノンペンのアパートを専用車で出発。途中、ドライブインのような店で軽く朝食を採った。店の奥のほうでは結婚式の準備で忙しいようだ。着飾った女性たちが慌ただしく行き来していた。
(注文は運転手にお任せ。中国人が経営している店らしく中国料理が多い。何でできているのかわからないが肉団子入りのビーフン麺を頂いた)
 
プノンペンを出て、大河メコン川に沿って国道5号線を北進していく。一帯は、メコン川の恩恵を受けた肥沃な大地が続く。私の故郷の庄内平野に似た田畑が延々と続く。



この国道5号線は、西はタイ国、東はベトナムに繋がる重要な幹線道路である。この道路ができたおかげで物流が盛んになり、カンボジア経済に活性化をもたらしている。ただし、全線がまだ整備されていない。あちこちで、まだ舗装化されていないところがあり、そこは赤い砂塵が車の通るたびに舞っている。道路脇の地域住民もあと数年は砂塵の中で生活しなければならない。



途中、休憩した。そこで売られていたのは、イナゴの佃煮(つくだに)?とおもいきや、コオロギの佃煮であった。そして、噂に聞いたあのタランチュラーの素揚げもあった。タランチュラ―は毒蜘蛛である。スパイダーも蜘蛛だが、毒のあるのがタランチュラ―というらしい。これを食べると薬になるらしい。何に効くのか?精力剤とか整腸剤とか美容に効くとか、売り子のおばさんたちは、勝手なことを言っている。
(よーく見ると足がある。蜘蛛だ。タランチュラ―だ。幼少期に観た映画を思い出した。巨大な毒蜘蛛が口から蜘蛛の糸を吐きだして姫様をがんじがらめにして身動きのできないようにしていた。そんな怖い毒蜘蛛を食べちゃう人間はもっと怖い?)
(お姉さん・・・その足のような赤いものは何? え!カエル? 手前のゲンゴロウの兄貴みたいなヤツは何? 一つ食べてみろって? えーっ・・・ゲロゲロ・・・)