非常に大きい台風18号が日本縦断を始めた。自然の猛威には、自衛するしかない。我が家のマンションのベランダからも植木鉢などを移動して強風に備えた。関東では、朝の通勤ラッシュ時に当たり、近くの西船橋駅も運休、間引き運転で相当混雑したようだ。
私?私は先週の新潟国体の休日出勤の振り替え休日を取らせて頂いたおかげで自宅でTVニュースを見ている。新潟国体での深夜ラーメン食べ歩きの疲労からも回復してきた。
明日は、大阪本社で会議、明後日はお休み。日曜日は関東大学1部女子リーグ戦に挨拶と江戸川区バレー協会と打ち合わせの予定だ。
きょうは、バレー指導書の編集を行っている。現在はオフェンスとディフェンスのフォーメーションの理論の変遷を所有している単行本や雑誌を引っ張り出しまとめているところ。9人制のフォーメーション理論も再学習している。9人制の理論は、石野浩靖さんと森藤憲一さんから教わった。
森藤さんは、大阪府家庭婦人連盟を創設し、理事長会長として関西のママさんバレーの礎を築かれた方である。日本協会でも指導普及委員会副委員長の要職に就いていた。韓国に9人制バレーの普及のために指導に出かけていたこともあった。葵クラブという女子9人制クラブチームを創られ、全日本総合や全日本クラブカップで多くの優勝をされていた。森藤さんとは、いつ知り合ったか忘れてしまったが、10年以上も前であることは間違いない。当時、森藤さんは9人制バレーボールの専門雑誌を発刊されていた。専門誌は京都大学法学部出身らしく理路整然とされていて、何よりも数値で根拠を示していたところは科学的であった。バレー談義で意気投合し、私の雑文も2回ほど連載され、その後その専門誌は休刊となった。それから10年以上経った。
昨日、会社近くの三省堂本店に行き、スポーツコーナーで森藤さんの著書を見つけた。奥付を見たら、第2刷となっていて、最近の写真もそこにあった。随分とお歳をとられたなという感じであった。2003年発刊の第1刷の頃の写真は当時の御本人より若い頃の写真であったが、中年の渋みが出てダンディな写真であった。専門誌が休刊された当時、森藤さんは本業の方で相当苦労されていたと聞いていた。1930年生まれであるから、今年で82歳であろうか。お元気であれば、またバレー談義をしたいものだ。
森藤さんが生涯をかけた9人制バレーボールは、来年の千葉国体で正式種目から消える。我が国のバレーボールを育ててきた9人制バレーの火が輝きを失いつつある。森藤さんの嘆きの声が聞こえてくる。
(画像は、昨日も書店で買い求めてしまったバレーに関する単行本を含む今年買い求めたスポーツ関連書。最近の傾向としては、写真が多くなってきたこととDVDが付いているということだ。次に欲しい本があるのだが、検体を用いてカラーで解説しているDVD付きの最新刊の解剖学の本で価格が4万円もする。私にはとても手が出ないので、せめて時々立ち読みして目に焼き付けてくることぐらいが関の山だ。しかし、実際の人間の体を解剖した生々しい画像は迫力をもって目に映る)
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