久しぶりの休日なので、カミさんの実家に行った。実家は船橋市の自宅から電車で2時間のところにある千葉県旭市にある。3.11で死者が10数名でて全・半壊の家屋も100近く出た。実家は内陸の方であったので、幸い被災はなかったが、関東圏で一番の被害が出ていることは、全国的にあまり知られていない。
実家では、年老いた義母、義父が普段できないような力仕事をやってきた。大した力仕事ではないが、私にできることはそんなことぐらいだ。カミさんは、パートの仕事を済ませてから車で毎週、三日間、泊りがけで行っている。自分の親とはいえ、よく尽くしている。介護疲れをしなければよいがと心配している。
私の親は母親が私が小学校に入学する前に既に眼の前から去っていた。離婚したのである。父は後妻を娶り弟が生まれた。その新しい母親は、私が小学校3年生の時に突然消えた。アパートの大家さんと駆け落ちしたのだ。幼い弟としばらくは夜遅くまで父が帰ってくるのを借家で待っていたことを思い出した。その幼い弟も数ヵ月後に母親に引き取られ東京に行ってしまった。父は、私が高校を卒業した年の4月に突然この世を去った。享年47歳であった。12年前に、私が47歳になったとき、自分の父親の亡くなった年齢に到達したとき、何か妙に変な気分であった。母親のその後の消息は知らない。亡くなれば、親族が知らせてくれるであろうから、まだ存命なのであろう。生きていれば、80歳前後なのであろう。
何だか、昔のことを思い出してしまった。私も、いつ突然この世に「さようなら」するかも知れない。少しずつ昔話を残しておくことも悪いことではないであろう。誰が悪いのではない。人は哀しい生きものなのだ。
2011年7月4日月曜日
2011年7月3日日曜日
7/2(土) 東洋高校の外郭団体の総会
東洋高校に外郭団体が4つあることは、以前紹介した。そのうちの一つに「さいかち会」がある。会員は400名ほどであるが、卒業生の親御さんたちが会員である。「さいかち」は学校の裏手にあるさいかちの木が連なるさいかち坂に由来がある。
本日は年1回の総会がある。4時半ごろ、総会会場の学校のホールに向かった。少し時間が早かったので、男子バレーの練習をのぞきに行ったが、丁度終わって生徒は下校したあとであった。そこで、職員室に行き、総監督、監督、部長と挨拶を交わした。そこに理事長兼校長や教頭が集まってきてインターハイの話になった。気軽に職員室には入って行ってはいけないのであるが、放課後ということもあり、30数年来学校にお邪魔している厚かましさで時には許していただいている。
総会も淡々と進み、私が新副会長に承認されたりで、その後、別の会場で40名ほどで懇親会を開催し別れた。
本日は年1回の総会がある。4時半ごろ、総会会場の学校のホールに向かった。少し時間が早かったので、男子バレーの練習をのぞきに行ったが、丁度終わって生徒は下校したあとであった。そこで、職員室に行き、総監督、監督、部長と挨拶を交わした。そこに理事長兼校長や教頭が集まってきてインターハイの話になった。気軽に職員室には入って行ってはいけないのであるが、放課後ということもあり、30数年来学校にお邪魔している厚かましさで時には許していただいている。
総会も淡々と進み、私が新副会長に承認されたりで、その後、別の会場で40名ほどで懇親会を開催し別れた。
7/1(金) ママさんバレーに最適な美しくなる筋トレ
毎週金曜日は千葉県千葉市幕張にある私がコーチするママさんチームの練習日。コーチに就任してもうすぐ1年になろうとしている。大会での目立った成績は、まだ出ていない。ただ、成果は出つつある。メンバーとの信頼関係ができつつある。指導する場合には名前やニックネームで呼べるようになった。遠慮もなくなってきた。週2回の練習に毎回顔を出せないので監督ではなく、コーチと読んでもらっている。毎週金曜日の練習の進め方は、3か月ごとのテーマをメンバーとともに意識しながらやっている。
先月から練習試合を意識して多く入れてきた。その中で気がついたことがある。練習試合は普段の練習でできないフォーメーションや戦術の確認をやるのであるが、他の同じようなレベルのチームと比べて体力がない。スタメンの平均年齢が46歳ぐらいなので年々体力が低下しているのは判るが、あまりにも体力がない。サーブ時のスピード、スパイク時のパンチ力、レシーブ時の低い姿勢の維持と速い反応力。自宅での筋トレを具体的に指示しているもののこちらも厳しくチェックしているわけではない。
そこで、この日から練習の中身を変えた。終わりの15分を筋トレに当てることにした。鍛えるところは腿(大腿四頭筋、ハムストリング筋)、大殿筋、腹背筋。勿論、私も一緒に行う。
私の敬愛するバレーの指導者でFIVB(国際バレーボール連盟)公認インストラクターで足立龍哉さんという国際的に活躍している指導者がいる。8月に18年振りに日本(新潟県)で開催されるFIVB公認コーチコース(レベル1、2)の主任講師にも彼が決まった。その彼がいつも主張している考え方が「心・体・技」。日本の武道の考え方であると「心・体・技」である。
「体(フィジカル」は技術の前段階で身につけておくべきことである、と私も賛同している。勿論、小学生の場合は、身体発育論から言うと神経系が一番発達する時期なので、技術練習(テクニカル・スキル・トレーニング)をコーディネーション・トレーニングの中に入れて行うが、成人の場合の初心者には「心(メンタル)」、つまり、やる気・動機ができれば、次は「体(フィジカル)」つまり筋力トレーニングが必要なのだ。筋力があれば、「技(スキル)」の習得は難しくはない。乱暴な言い方であるが、パワーをコントロールに優先して考えていきたい、ということである。
そんなことで、筋トレを練習時間にやると宣言したのがこの日であった。メンバーも納得した。納得した訳は、「美しくなる筋トレ」という言い方をしたところが受け入れてくれた理由のようだ。ママさんバレーは「勝」の文字よりも「美」の言葉に弱い生きものであるようだ。
先月から練習試合を意識して多く入れてきた。その中で気がついたことがある。練習試合は普段の練習でできないフォーメーションや戦術の確認をやるのであるが、他の同じようなレベルのチームと比べて体力がない。スタメンの平均年齢が46歳ぐらいなので年々体力が低下しているのは判るが、あまりにも体力がない。サーブ時のスピード、スパイク時のパンチ力、レシーブ時の低い姿勢の維持と速い反応力。自宅での筋トレを具体的に指示しているもののこちらも厳しくチェックしているわけではない。
そこで、この日から練習の中身を変えた。終わりの15分を筋トレに当てることにした。鍛えるところは腿(大腿四頭筋、ハムストリング筋)、大殿筋、腹背筋。勿論、私も一緒に行う。
私の敬愛するバレーの指導者でFIVB(国際バレーボール連盟)公認インストラクターで足立龍哉さんという国際的に活躍している指導者がいる。8月に18年振りに日本(新潟県)で開催されるFIVB公認コーチコース(レベル1、2)の主任講師にも彼が決まった。その彼がいつも主張している考え方が「心・体・技」。日本の武道の考え方であると「心・体・技」である。
「体(フィジカル」は技術の前段階で身につけておくべきことである、と私も賛同している。勿論、小学生の場合は、身体発育論から言うと神経系が一番発達する時期なので、技術練習(テクニカル・スキル・トレーニング)をコーディネーション・トレーニングの中に入れて行うが、成人の場合の初心者には「心(メンタル)」、つまり、やる気・動機ができれば、次は「体(フィジカル)」つまり筋力トレーニングが必要なのだ。筋力があれば、「技(スキル)」の習得は難しくはない。乱暴な言い方であるが、パワーをコントロールに優先して考えていきたい、ということである。
そんなことで、筋トレを練習時間にやると宣言したのがこの日であった。メンバーも納得した。納得した訳は、「美しくなる筋トレ」という言い方をしたところが受け入れてくれた理由のようだ。ママさんバレーは「勝」の文字よりも「美」の言葉に弱い生きものであるようだ。
2011年7月2日土曜日
6/30(木) 私学大学の経営とスポーツ学部の新設
久しぶりにK氏から昼食のお誘いの連絡を頂き、お会いした。K氏とは年に数回お会いして、我が国のスポーツ全般のお話を伺っている。
この日の話題は、数年後に開設されるあるマンモス私学のスポーツ学部についてであった。日本の大学で最近スポーツ関係の学部・学科を新設する大学、特に私学大学が急増している。国立では筑波と鹿屋だけであるが、私学になると、ここ10年間で急増して、調べただけでも23校ある。しかし、文科省の設立基準を満たしているだけで、教員の資質、授業内容、卒業の進路に不安のある大学名も結構あるようだ。一時の福祉・医療関係の人気だけで学生を募集している風潮に似ている。
従来の体育系単科大学も話の中で出てきた。「体育」は人気がないらしく、「スポーツ」の名称が頭にあれば入学者は増えると関係者は考えている。
医学部のない体育系単科大学は今後入学者が減ってくるのではないか。私からは、そのようなことを申し上げた。医学部がなければ、せめて医療学科を併設するか他の医療単科大学と提携することが今後の大学の生き残りのために必要なことではないか。病院を持つスポーツ・体育系大学・学部に対して信憑性を持っているのは私だけではないであろう。
今後、スポーツ・体育系大学のなかで廃れていく大学、伸びていく大学の見極めがK氏との話の中で明快に見えてきた。やはり使命感のある人がキーマンである。しかし、利権が渦巻いている組織の中で人は豹変したり、敗れ去ったりする。ここのところは、大学も企業も変わらない。しかし、大学は将来の日本を創っていく人材育成としての教育の場である。学生は、単なる企業の商品とは違う。大学人は、文科省は、そこのところをしかっリと押さえておかなければならない。
この日の話題は、数年後に開設されるあるマンモス私学のスポーツ学部についてであった。日本の大学で最近スポーツ関係の学部・学科を新設する大学、特に私学大学が急増している。国立では筑波と鹿屋だけであるが、私学になると、ここ10年間で急増して、調べただけでも23校ある。しかし、文科省の設立基準を満たしているだけで、教員の資質、授業内容、卒業の進路に不安のある大学名も結構あるようだ。一時の福祉・医療関係の人気だけで学生を募集している風潮に似ている。
従来の体育系単科大学も話の中で出てきた。「体育」は人気がないらしく、「スポーツ」の名称が頭にあれば入学者は増えると関係者は考えている。
医学部のない体育系単科大学は今後入学者が減ってくるのではないか。私からは、そのようなことを申し上げた。医学部がなければ、せめて医療学科を併設するか他の医療単科大学と提携することが今後の大学の生き残りのために必要なことではないか。病院を持つスポーツ・体育系大学・学部に対して信憑性を持っているのは私だけではないであろう。
今後、スポーツ・体育系大学のなかで廃れていく大学、伸びていく大学の見極めがK氏との話の中で明快に見えてきた。やはり使命感のある人がキーマンである。しかし、利権が渦巻いている組織の中で人は豹変したり、敗れ去ったりする。ここのところは、大学も企業も変わらない。しかし、大学は将来の日本を創っていく人材育成としての教育の場である。学生は、単なる企業の商品とは違う。大学人は、文科省は、そこのところをしかっリと押さえておかなければならない。
6/29(水) 北志賀高原から会社に出勤
今日は、午後から御茶ノ水にある勤務先にて大事な会議がある。朝8時にホテルタガワを出て、長野駅から新幹線にて東京駅に向かった。
ホテルを出る前に朝食時に参加者のママさん達にお会いした。向こうは、私に「おはようございます」と挨拶してくる。しかし、顔が思い出せない。体育館のコート上の顔とも昨夜の盛り上がった懇親会の顔とも全く違う普通の小母さんの顔になっている。こちらは多少どぎまぎしながら、「はてさて、誰だったかな~」と内心首をかしげながらも、元気に挨拶を返す。
12時半に東京駅に着いた。暑い!いや、熱い!何なんだ、東京のこの異常な暑さは!?梅雨はどこに行ってしまったんだ?
この日の夜は、バッタンぎゅーと眠りに落ちた。
ホテルを出る前に朝食時に参加者のママさん達にお会いした。向こうは、私に「おはようございます」と挨拶してくる。しかし、顔が思い出せない。体育館のコート上の顔とも昨夜の盛り上がった懇親会の顔とも全く違う普通の小母さんの顔になっている。こちらは多少どぎまぎしながら、「はてさて、誰だったかな~」と内心首をかしげながらも、元気に挨拶を返す。
12時半に東京駅に着いた。暑い!いや、熱い!何なんだ、東京のこの異常な暑さは!?梅雨はどこに行ってしまったんだ?
この日の夜は、バッタンぎゅーと眠りに落ちた。
6/28(火) 祐造杯追悼大会ー2
昨夜は、土曜日から肝臓が悲鳴を上げていたので、夕食後早々に自分の部屋に引き上げベッドに横になった。おかげで疲れも取れ、本日のスケジュールを無事こなし、夕方からの大懇親会に突入した。
大広間は参加者320名の熱気と年輪?でむんむんしている。大会成績と各賞の発表。副賞の授与と続き、地元民の太鼓演武では演奏者におヒネリや投げ銭も飛び交う。中には割り箸にご祝儀を挟んで若い演奏者めがけて演台に駆け上がるママさんもいる。そして、カラオケの時間が来た。昨年、私はソロで1曲、デュエットで1曲の2曲だけであったが、今回はデュエットのリクエストが3曲もあった。下手な私の歌の後は、出し物が始まった。バレーの練習時間を削って出し物の練習をやってきたというだけあって、フラダンスや日舞には感動した。感動を通り越して、開いた口がふさがらないほど驚いたのがAKBのパフォーマンス。
懇親会の締めは、祐造さんと仲の良かった練馬区のIVY畠山さんが祐造さんの遺影に向かって話された。締めの言葉は「中村先生、サヨナラ」。まったく湿っぽくなく、「私達、もっと元気になってバレーを楽しむから、先生またね」と言っているような感じを受けた。
(画像は、AKBに扮して踊る平均年齢65歳の参加者。手作りの衣装にも感心したが、動きが若い。透けるスコートから見えるバレーボールのハーフパンツがなんとも艶めかしく、この夜はなかなか寝付かれなかった)
6/27(月) 中村祐造追悼ママさん寿大会in北志賀高原

ミュンヘンオリンピック(1972年)男子金メダリストで主将の中村祐造さんが昨年突然亡くなった。まだ60歳半ばであった。今年の第5回祐造杯ことぶき大会は、追悼大会となった。会場は、昨年までと同じ長野県北志賀高原にあるホテル・タガワの付属体育館。
会期は、本日から3日間。初日の今日は、元全日本女子監督の岩本先生と一緒に教室と交流練習試合。参加チームは、遠くは四国を始め、兵庫、大阪、静岡、神奈川、東京、千葉、埼玉そして長野県から28チームが参加した。申し込みが多く、先着に漏れたチームが15チームもあった。これらのチームは来年最優先で参加できる権利を差し上げるようにした。
今回で5回目のこの教室・大会であるが、第1回と第4回にもディレクターと講師の二役で招聘を受けている。寿(ことぶき)大会と言うのは、全国大会もあるが、年齢が60歳以上のママさんバレー大会のことである。今回の参加チーム数28チームで総員320名。平均年齢は65歳。最高年齢は79歳。チーム平均年齢№1は72歳のチーム。明日はこの方達が本気モードでゲームを行う。
(画像は、後ろ姿をパチリ。後姿だけ見ると40歳半ばと変わらない。身長も170cm台が多くなってきた。動きもローリング・レシーブもあれば、速いテンポのクイックもある。10年前と比べて、鋭角的にコートに突き刺さるスパイカーも多い。5年後は、この方達は間違いなく平均年齢が70歳になる。ママさんバレーはますます元気になる。日本の女性スポーツは大きく変わり、ビジネスも変わっていくのは間違いない)
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