2020年五輪の開催都市決定まで、本日7日でちょうど1ヶ月。
明日から千葉県バレーボール協会主管の日本体育協会公認指導員養成講習会がスタートする。講義は新カリキュラムの「日本バレーボールの歴史」からスタートする。何事も、先人達の足跡を辿るところから始めるのが良い。歴史を知らずして、今を、そしてこれからを語ることは、足元の安定しない熱意だけの行動に陥りやすい。先人達の苦渋、歓喜が我々に多くのことを教えてくれる。
年表を作成した。時の政治・経済・社会も対照できるようにした。バレーボールの誕生、世界バレーボールの歩み、日本への伝播、国内での普及、オリンピック種目採用へのご苦労、それぞれにバレーボールの普及、強化に関わってきた先達の苦労が、改めて良く理解できる。亡くなった方達も敢て入れた。歴史を作ったのは人だ。その方達のお名前を忘れてはいけない。
ここ3年でも、中村祐造さん、岩田三郎さん、又木誠八郎先生、松平康隆さん、中村四郎先生が亡くなられた。生前、もっとお話を伺っておくべきであった。
私の役目は、先輩諸氏から教え頂いたことを語り部として次の世代に伝えることである。明日の講義では、受講者に「人」を語れるようにしていきたい。そして、貴重な動画も入手できたので、理解の促進は十分図れると思っている。
招致へのスパートは、これからのIOC委員への政財界一緒になってのロビー活動になる。1回の投票ですんなりと決まるとは思えない。決戦投票になった時、敗退した都市からの協力も大事なポイントだ。戦前からの過去のオリンピック招致活動を今一度振り返り、念には念を入れて、バレーの5セットゲームでいえば、最終セット10点以降の攻防を冷静に燃えて頂きたい。
2013年8月7日水曜日
2013年8月6日火曜日
Tue.Aug.6,2013 今週の予定など
インターハイ女子が終了した。優勝は、予選で敗退、敗者復活で勝ち上がってきた東九州龍谷であった。今回は、世界女子ユース選手権大会(5位)と重なり、主要なメンバーを全日本ユースに送り込んだうえでの戦いであった。
特に、文京学院大女子はユースでもエースとセッターのレギュラーを2名出しており、その中でも第3位の成績を上げたことは称賛に値する。
高校生女子はこの後、全日本高校選抜チームを組んでタイに向かったはずだ。インターハイ女子のベスト4最終成績は下の通り。
<女子最終順位>
優勝: 東九州龍谷(大分)
準優勝: 熊本信愛女学院(熊本)
第3位: 文京学院大女(東京)
第3位: 金蘭会(大阪)
今週の予定は・・・
・本日が、幼稚園ママさん練習日。
・明後日から4日間、日本体育協会公認指導員養成講習会を千葉県旭市総合体育館で開催。土曜日にはゲスト講師で元全日本男子の田中直樹さん、女子の多治見麻子さんのお二人が駆け付けてくれる。老体にムチ打って指導している私を補佐して頂く。ありがたや・・・。
さあて、そのための資料作成がまだ完成していない。あと一日、頑張ろう。
特に、文京学院大女子はユースでもエースとセッターのレギュラーを2名出しており、その中でも第3位の成績を上げたことは称賛に値する。
高校生女子はこの後、全日本高校選抜チームを組んでタイに向かったはずだ。インターハイ女子のベスト4最終成績は下の通り。
<女子最終順位>
優勝: 東九州龍谷(大分)
準優勝: 熊本信愛女学院(熊本)
第3位: 文京学院大女(東京)
第3位: 金蘭会(大阪)
今週の予定は・・・
・本日が、幼稚園ママさん練習日。
・明後日から4日間、日本体育協会公認指導員養成講習会を千葉県旭市総合体育館で開催。土曜日にはゲスト講師で元全日本男子の田中直樹さん、女子の多治見麻子さんのお二人が駆け付けてくれる。老体にムチ打って指導している私を補佐して頂く。ありがたや・・・。
さあて、そのための資料作成がまだ完成していない。あと一日、頑張ろう。
2013年8月4日日曜日
Sat.Aug.3,2013 U-14とUボートの関係?
どこかの国の民主主義国の大臣が、憲法改正を巡り戦前ドイツのナチス政権時代を例示した自らの発言を撤回するとの談話を1日発表した。お騒がせな人である。
さて、ドイツとくれば、年配の人であれば「U-ボート」というものはなんであるかピンとくるであろう。そう、潜水艦のことである。ドイツ語の「U-Boot(ウーボート)」は「Unterseeboot(ウンターゼーボート、水の下の船)」の略語であり、潜水艦を意味する。英語でU-boat(ユーボート)と言った場合は専ら第一次大戦・第二次大戦時期のドイツの潜水艦を意味する言葉として使われる。
きょうは、そのU-ボートのお話ではなく、U-14のこと。「U-14」とは、サッカーの世界でよく聞く「Under 14歳」つまり14歳以下の選手(中学生と小学生)で構成されたチームのことを意味する。千葉県U-14クラブチャンピオンシップ男子バレーボール大会の主催者として会場の佐倉市民体育館に車で向かった。
今年で8回目を迎えたこの大会は、まだまだ参加チームが少ない。例年4チームで、今年は2チームだけだ。この大会を始めたのは、日本バレーボール協会からの通達で「今後の男子バレーの底上げを図る」という趣旨であった。千葉県協会内では、普及に関することだから指導普及委員会が中心になってやって欲しいという要望もあり引き受けた。引き受けたといっても、一番苦労しているのは指導普及委員会副委員長の篠村先生だ。私は開会式の挨拶だけがお役目で、そのあとは役員諸氏の邪魔にならないように役員室で役員の貴重品の留守番をしている。
今年はU-14に付け加えて全国ヤングバレーボール優勝大会千葉県大会も合わせて開催した。出場チームは4チーム。そこで発見したことがあった。女子U-14は全国クラブ連盟のルールで行われる。クラブ連盟のルールとは、U-14であってもネットの高さは一般女子と同じ2.24cm、ボールのサイズも5号球であるということ。日本協会直轄の男子U-14は中学男子のネットの高さ2.30cmでボールは4号球。ちょっと、紛らわしい・・・。
男子U-14の関東大会代表は、4年連続でニッポンランナーズVBCに決まった。このチームから、県内高校強豪校に進学する子供たちは多い。
いずれにしろ、日本国内でU-14男子でクラブチャンピオンとU-14男子ヤングバレーボールという同じ年齢構成なのに2つの大会があるのはわかりにくい。このあたり調整すべきである。
さて、ドイツとくれば、年配の人であれば「U-ボート」というものはなんであるかピンとくるであろう。そう、潜水艦のことである。ドイツ語の「U-Boot(ウーボート)」は「Unterseeboot(ウンターゼーボート、水の下の船)」の略語であり、潜水艦を意味する。英語でU-boat(ユーボート)と言った場合は専ら第一次大戦・第二次大戦時期のドイツの潜水艦を意味する言葉として使われる。
きょうは、そのU-ボートのお話ではなく、U-14のこと。「U-14」とは、サッカーの世界でよく聞く「Under 14歳」つまり14歳以下の選手(中学生と小学生)で構成されたチームのことを意味する。千葉県U-14クラブチャンピオンシップ男子バレーボール大会の主催者として会場の佐倉市民体育館に車で向かった。
今年で8回目を迎えたこの大会は、まだまだ参加チームが少ない。例年4チームで、今年は2チームだけだ。この大会を始めたのは、日本バレーボール協会からの通達で「今後の男子バレーの底上げを図る」という趣旨であった。千葉県協会内では、普及に関することだから指導普及委員会が中心になってやって欲しいという要望もあり引き受けた。引き受けたといっても、一番苦労しているのは指導普及委員会副委員長の篠村先生だ。私は開会式の挨拶だけがお役目で、そのあとは役員諸氏の邪魔にならないように役員室で役員の貴重品の留守番をしている。
| (アップ風景。チーム数は少なくともレベルは高い。公式試合で普段練習したことを勇気をもって実行し、そこで成功した分、自信がつき能力が高まる。公式試合は練習の成果を確認する最高の場だ) |
男子U-14の関東大会代表は、4年連続でニッポンランナーズVBCに決まった。このチームから、県内高校強豪校に進学する子供たちは多い。
いずれにしろ、日本国内でU-14男子でクラブチャンピオンとU-14男子ヤングバレーボールという同じ年齢構成なのに2つの大会があるのはわかりにくい。このあたり調整すべきである。
Fri.Aug.2,2013 全国を目指すママさんバレー
「全国大会に行きたい」。レクリエーションスポーツのママさんバレーボールでも、明確に全国出場という目標を掲げているチームは、少ない。レクリエーションはレクリエーションでも、全国大会があるのであれば、それを目指したい、と考えることはそれ自体健全な考え方であると思う。
しかし、ママさんたちは、すでに学生ではない。学生のように勉学と部活に一心不乱になって青春を謳歌する年代ではない。身体の方も、40歳を超えるころには膝・腰あたりからきしみや痛みが生じてくる。ママだが、ままならぬ自分の体・・・おっとオヤジギャグが出た・・・。
家庭では、仕事を持っているママも多く、お父さんを抜いて、今や大黒柱になっているママもいる。子供たちは中・高校生だから手がかからなくなってきた。40歳初頭のこの年代は、最後のチャレンジの年代なのでしょうね。
そんな彼女たちの心意気に私も打たれ、今夜は5回目の練習に参加した。内容は練習試合の中で基本の重要性を再認識し、新しい戦術を身に着けるというもの。新しい戦術といっても、最近はやらなくなった昔の9人制バレーをやるということ。特にリバウンドプレーからの攻めを練習試合で徹底してやることにした。
サービスと強打以外のレシーブは全てワントスにすること。つまり、2段攻撃をしかけ、トスがネットから離れて打てないようであれば、他のスパイカーにトスをする。打てるボールはリバウンドするために相手ブロッカーの指を狙って軽打する。この時のタイミングをややずらした打ち方がコツである。跳ね返ってきたボールをスパイカー自身がネットプレーで他のスパイカーに平行気味にトスする。ブロッカーはその時には乱れているので間チャンや吸い込みを誘発する。または、ブロッカーのオーバーネットを誘発する。トスが近い場合はリバウンドをどしどしやった方が良い。そして、サーブのコース打ちである。サーブレシーブのタイミングも合ってきた。
今夜の練習試合の相手は、数年前に全国ママさん大会に出場しているチームで県大会でも常にベスト4以上の強豪である。練習試合の中で、課題以外のプレーでもミスがポロポロ出てくるが、そこは目をつぶって、まずは今の課題をしっかりと70%以上達成できることを目標にする。
しかし、ママさんたちは、すでに学生ではない。学生のように勉学と部活に一心不乱になって青春を謳歌する年代ではない。身体の方も、40歳を超えるころには膝・腰あたりからきしみや痛みが生じてくる。ママだが、ままならぬ自分の体・・・おっとオヤジギャグが出た・・・。
家庭では、仕事を持っているママも多く、お父さんを抜いて、今や大黒柱になっているママもいる。子供たちは中・高校生だから手がかからなくなってきた。40歳初頭のこの年代は、最後のチャレンジの年代なのでしょうね。
そんな彼女たちの心意気に私も打たれ、今夜は5回目の練習に参加した。内容は練習試合の中で基本の重要性を再認識し、新しい戦術を身に着けるというもの。新しい戦術といっても、最近はやらなくなった昔の9人制バレーをやるということ。特にリバウンドプレーからの攻めを練習試合で徹底してやることにした。
サービスと強打以外のレシーブは全てワントスにすること。つまり、2段攻撃をしかけ、トスがネットから離れて打てないようであれば、他のスパイカーにトスをする。打てるボールはリバウンドするために相手ブロッカーの指を狙って軽打する。この時のタイミングをややずらした打ち方がコツである。跳ね返ってきたボールをスパイカー自身がネットプレーで他のスパイカーに平行気味にトスする。ブロッカーはその時には乱れているので間チャンや吸い込みを誘発する。または、ブロッカーのオーバーネットを誘発する。トスが近い場合はリバウンドをどしどしやった方が良い。そして、サーブのコース打ちである。サーブレシーブのタイミングも合ってきた。
今夜の練習試合の相手は、数年前に全国ママさん大会に出場しているチームで県大会でも常にベスト4以上の強豪である。練習試合の中で、課題以外のプレーでもミスがポロポロ出てくるが、そこは目をつぶって、まずは今の課題をしっかりと70%以上達成できることを目標にする。
Thu.Aug.1,2013 バレーボール漫画の紹介
子供の頃、スポーツを始めるきっかけはなんであったろう?私の場合は、小学生のころ見た高校男子生の練習であった。近くにあった商業工業高校の校庭は、我々子供達にとって格好の遊び場であった。空いている時は、そこで、よく三角ベース野球をやっていた。時には、その校庭で、いや今考えればバレーコートであったのであろうが、男子学生がバレーボールの練習をしていた。当時のバレーボールの練習は、外のコートを使用するのが普通であった。
そこで見たのは、ランニングシャツに短パン姿で泥まみれになって土のコートの上でスライディングを繰り返している練習であった。汗と砂と泥まみれの高校生に男臭さと格好良さを感じ、そのことが中学校に進学して躊(ちゅうちょ)なくバレー部に入った理由であろう。
今の小学生は、何がきっかけでバレーボールを始めるのであろうか?ママさんバレーや家族の影響か?友達?TV?それとも、アニメや漫画という人もいるであろう。最近、週刊誌「少年ジャンプ」にバレーボール漫画が連載されていることを知った。教えていただいたのは、一昨日幼稚園児バレーの件で打ち合わせをした浦安市バレー協会副会長の小野寺さん。自身も小学生バレーを指導している小野寺さんに言わせると、内容は結構面白いという。単行本も出ているという。
本日は、吉祥寺に出かけていた。元著名な大学の客員教授であったK氏と2ヶ月に1度お会いしてお話を聞く日であった。この日は、スポーツ法学に関する最近の事例を3時間、伺うことができた。メディアが飛びつきそうなお話であった。
帰りに、駅ナカにある書店に入り、くだんの漫画本を探した。タイトルは「ハイキュー」。日本語の「排球」をカタカナ読みしたものである。単行本が既に4巻書棚に並んでいた。第1巻を購入し、帰りの電車の中で読んだ。ストーリーとしては、少年野球をやっていた小学生の主人公が、街の電器販売店でふと見たTVに地元高校バレーチームが「春高バレー」で放映されているところから始まる。そしてその地元チームの小さな大エースに感動したやはり小柄な少年は、中学校に進学して、たった一人からバレー部を立ち上げる・・・といったストーリーである。
絵の線が少し粗っぽく気になるが、ストーリー展開は期待を持たせる。今の小・中学生の評価はどうなのであろうか?これを読むことがきっかけでバレーボールを始めるのか、バレーボールをやっている子がこれを読んでいるのか、いずれにしろバレー界にとっては、ありがたいことである。作者の古館(ふるだて)さんには応援して行きたい。
そこで見たのは、ランニングシャツに短パン姿で泥まみれになって土のコートの上でスライディングを繰り返している練習であった。汗と砂と泥まみれの高校生に男臭さと格好良さを感じ、そのことが中学校に進学して躊(ちゅうちょ)なくバレー部に入った理由であろう。
今の小学生は、何がきっかけでバレーボールを始めるのであろうか?ママさんバレーや家族の影響か?友達?TV?それとも、アニメや漫画という人もいるであろう。最近、週刊誌「少年ジャンプ」にバレーボール漫画が連載されていることを知った。教えていただいたのは、一昨日幼稚園児バレーの件で打ち合わせをした浦安市バレー協会副会長の小野寺さん。自身も小学生バレーを指導している小野寺さんに言わせると、内容は結構面白いという。単行本も出ているという。
本日は、吉祥寺に出かけていた。元著名な大学の客員教授であったK氏と2ヶ月に1度お会いしてお話を聞く日であった。この日は、スポーツ法学に関する最近の事例を3時間、伺うことができた。メディアが飛びつきそうなお話であった。
帰りに、駅ナカにある書店に入り、くだんの漫画本を探した。タイトルは「ハイキュー」。日本語の「排球」をカタカナ読みしたものである。単行本が既に4巻書棚に並んでいた。第1巻を購入し、帰りの電車の中で読んだ。ストーリーとしては、少年野球をやっていた小学生の主人公が、街の電器販売店でふと見たTVに地元高校バレーチームが「春高バレー」で放映されているところから始まる。そしてその地元チームの小さな大エースに感動したやはり小柄な少年は、中学校に進学して、たった一人からバレー部を立ち上げる・・・といったストーリーである。
絵の線が少し粗っぽく気になるが、ストーリー展開は期待を持たせる。今の小・中学生の評価はどうなのであろうか?これを読むことがきっかけでバレーボールを始めるのか、バレーボールをやっている子がこれを読んでいるのか、いずれにしろバレー界にとっては、ありがたいことである。作者の古館(ふるだて)さんには応援して行きたい。
2013年8月1日木曜日
Wed.July 31,2013 講習会前の資料作成
8/8-11に千葉県旭市総合体育館にて開催する日本体育協会公認指導者養成講習会の資料作成に連日取り組んでいる。今回は、例年のような著名講師の確保が難しく、私が全体の1/3をやることになる。
今まで資料がなかったのが、新しいカリキュラムの「日本バレーボールの歴史」。自分自身で自宅の本棚から関係する書籍を選んで、まず年表を作成している。日本バレーボール界の歴史をよく理解するためには、同時代の世界のバレーボールの歴史と並行して辿っていくほうが良いと思っている。また、ルールの変遷、代表的な国際大会での成績、日本と世界の社会の動きも必要と、ちょいと欲張った感があるが、他県での講習会でも使用できるので、今のうちに作っておきたい。
年表だけ見ても、若い人たちには実感が湧かないであろう。それで、動画を探したら、出てきた。東京、ミュンヘン、モントリオールの金メダル監督も出てくるドキュメント風の番組コピーや東海大学の齋藤先生から頂いた貴重なDVDも手元に残っていた。22年前に録画していたVHSはカビが生えていたが、業者の手で綺麗な画像のDVDにコピーしてもらった。VHSは再生機も手元にないので、今はDVDの時代だ。
1895年にアメリカのW.G.モルガンが発明したバレーボールが、1913年(大正2)F.ブラウンによって日本国内に普及された。その後、極東ルールによるバレーボールから日本独自の9人制へ成長発展していく。1927年に大日本排球協会の設立。、極東大会での度重なる敗北。満州事変から太平洋戦争、第二次世界大戦、終戦。終戦後の復興。日本バレーボール協会への改称。FIVB国際バレーボール連盟への加盟。1964年東京オリンピックからモントリオール、ロスまでの全日本男女のメダル獲得。その後は、若い方でも知っている。
年表を作成するために、参考にした書籍を読み進めていくと、我々の先輩たちが国内だけでなく世界と根気強く交渉して苦境を乗り越え現在の日本バレー界に至っていることが良く理解できた。1960年代から指導者として活躍された大松博文、山田重雄、松平康隆諸氏の既に故人となった金メダル監督とは直接対面でお話したこともある。歴史の表舞台に出てこない方たちも含めて、講習会ではスポーツ産業に従事した私なりに語っていきたいと思っている。
今まで資料がなかったのが、新しいカリキュラムの「日本バレーボールの歴史」。自分自身で自宅の本棚から関係する書籍を選んで、まず年表を作成している。日本バレーボール界の歴史をよく理解するためには、同時代の世界のバレーボールの歴史と並行して辿っていくほうが良いと思っている。また、ルールの変遷、代表的な国際大会での成績、日本と世界の社会の動きも必要と、ちょいと欲張った感があるが、他県での講習会でも使用できるので、今のうちに作っておきたい。
年表だけ見ても、若い人たちには実感が湧かないであろう。それで、動画を探したら、出てきた。東京、ミュンヘン、モントリオールの金メダル監督も出てくるドキュメント風の番組コピーや東海大学の齋藤先生から頂いた貴重なDVDも手元に残っていた。22年前に録画していたVHSはカビが生えていたが、業者の手で綺麗な画像のDVDにコピーしてもらった。VHSは再生機も手元にないので、今はDVDの時代だ。
1895年にアメリカのW.G.モルガンが発明したバレーボールが、1913年(大正2)F.ブラウンによって日本国内に普及された。その後、極東ルールによるバレーボールから日本独自の9人制へ成長発展していく。1927年に大日本排球協会の設立。、極東大会での度重なる敗北。満州事変から太平洋戦争、第二次世界大戦、終戦。終戦後の復興。日本バレーボール協会への改称。FIVB国際バレーボール連盟への加盟。1964年東京オリンピックからモントリオール、ロスまでの全日本男女のメダル獲得。その後は、若い方でも知っている。
年表を作成するために、参考にした書籍を読み進めていくと、我々の先輩たちが国内だけでなく世界と根気強く交渉して苦境を乗り越え現在の日本バレー界に至っていることが良く理解できた。1960年代から指導者として活躍された大松博文、山田重雄、松平康隆諸氏の既に故人となった金メダル監督とは直接対面でお話したこともある。歴史の表舞台に出てこない方たちも含めて、講習会ではスポーツ産業に従事した私なりに語っていきたいと思っている。
Tue.July 30,2013 千葉県中学校総合大会兼関東大会予選会を覗いてみた
午前中は、浦安市総合体育館で開催されている千葉県中学校総合大会兼関東予選会の様子を見に行った。会場は意外と近い。私の住んでいる船橋市のJR西船橋駅から電車で12分でJR舞浜に着く。そこから歩いて20分ほどで着く。舞浜駅はご存じディズニーランドの玄関駅である。この日も親子連れや若いカップル、女性同士のグループで駅前は、平日であるにもかかわらず混んでいた。
体育館では、4コートを使用して男女ベスト8から決勝戦までのゲームをやっていた。関東大会には千葉県から4チーム出場できる。8月中旬に行われる関東大会で更に8チームに絞られ、全国大会に出場できる。男女とも東京が強い。
下の画像は、クリックすると拡大して見れます。
さて、ゲームを見た。全国的にみると、女子のレベルが男子よりも勝っているように思えた。私の視点は、ミスの内容で見る。男子は単純ミスが多い。つまり、チームとしての約束事を守っていれば出るはずのないミスが目立った。女子は丁度決勝戦が始まっていた。優勝したチームと2位の差はブロックとレシーバーの関係性にあった。ブロッカーが跳ぶ位置とレシーバーが守る位置とシステムとして関連性を持ってゲームを進行しているチームが優勝した。あとは、サーブ力の差であった。
午後になって、浦安市バレーボール協会副会長の小野寺さんのご案内で市内の公立幼稚園に訪問した。9月には、浦安市協会、千葉県協会指導普及委員会が主管で日本バレーボール協会主催の「幼稚園児ソフトバレーボール授業」を行うことが決定している。そのために、本日は担当の先生との打ち合わせ、そして現場の下見を行った。
関東では2例目の事業、千葉県内では勿論、初めての試みである。幼稚園児たちにボール遊びの楽しさを実感してもらい、更にはバレーボールに興味を持ってもらうのが狙いだ。現在の小学生バレーボール関係者にも興味を持っていただき、是非ともクラブ内に受け入れ態勢を作っていただければ本望である。
小野寺さんには、地元メディアを通じての広報活動をお願いした。浦安市の幼稚園児達がソフトバレーボールという柔らかいボールで身体全てを使っての遊びに熱中するようになってきたときが、浦安市の、千葉県の、日本のボールゲームスポーツの更なる活性化につながる。何とか成功させ、浦安市内の他の幼稚園に普及させたい。
体育館では、4コートを使用して男女ベスト8から決勝戦までのゲームをやっていた。関東大会には千葉県から4チーム出場できる。8月中旬に行われる関東大会で更に8チームに絞られ、全国大会に出場できる。男女とも東京が強い。
下の画像は、クリックすると拡大して見れます。
午後になって、浦安市バレーボール協会副会長の小野寺さんのご案内で市内の公立幼稚園に訪問した。9月には、浦安市協会、千葉県協会指導普及委員会が主管で日本バレーボール協会主催の「幼稚園児ソフトバレーボール授業」を行うことが決定している。そのために、本日は担当の先生との打ち合わせ、そして現場の下見を行った。
関東では2例目の事業、千葉県内では勿論、初めての試みである。幼稚園児たちにボール遊びの楽しさを実感してもらい、更にはバレーボールに興味を持ってもらうのが狙いだ。現在の小学生バレーボール関係者にも興味を持っていただき、是非ともクラブ内に受け入れ態勢を作っていただければ本望である。
小野寺さんには、地元メディアを通じての広報活動をお願いした。浦安市の幼稚園児達がソフトバレーボールという柔らかいボールで身体全てを使っての遊びに熱中するようになってきたときが、浦安市の、千葉県の、日本のボールゲームスポーツの更なる活性化につながる。何とか成功させ、浦安市内の他の幼稚園に普及させたい。
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