2013年12月10日火曜日

Sun.Dec.8,2013 9人制男子バレーボールは面白い

9人制バレーは、日本の伝統的なスポーツである。私も中学生の頃は9人制バレーを部活でやっていた。それも外でやっていた。グラウンドの隅のほうにコートを造って、風に揺れるボールをコントロールしながら汗と砂まみれになって白球を追いかけていた。高校に進学すると週に2回は体育館で練習できるようになった。3年時には、いつも体育館内で練習できるようになった。

きょうは、千葉市にあるポートアリーナ体育館に出かけた。ここで実業団の「第26回 桜田杯」が開催されることを聞いていて是非とも観戦したくなった。正式名称は「全日本9人制バレーボール実業団選抜男女優勝大会」。今年は千葉県で開催された。女子の会場は千葉市公園体育館というところで、ここより少し離れており、電車でも1時間かかる。きょうは普段見れない男子の9人制バレーをじっくりと観戦することとした。

出場16チームの中で、決勝に残ったのは、常連の中部徳洲会病院(沖縄)と住友電工(兵庫)。どちらも日本一の経験は豊富なチームである。サーブは、ほぼ全員が第1サーブではジャンプスパイクサーブを実行する。速度を手動で測ってみた。男子のコートは長さ21m、ネットの高さ2.38mである。サーブの飛行距離を16m(0.016km)と設定してストップウオッチで到達時間を計測してみた。平均は0.6秒。中学時代に習った方程式、速さ=距離/時間に当てはめると速度は、96km/h。一番早いサーバーは時間が0.4秒、つまり115km/h。この速度は6人制の国際大会並みである。腕の角度の調整が上手くできないと、コートサイドに大きく弾いてしまう。

第2サーブのフローターサーブには、ほとんどのレシーバーがオーバーハンドでレシーブしていた。2段トスも全員がオーバーハンドで13mは楽々にボールを飛ばしていた。大したものだ!普通のスパイクもオーバーで軽々とレシーブしている。相当、指立運動で鍛えたのであろう。ネットプレーもアンダーだけでなくオーバーでトスにする技能も見せてもらった。6人制であっても、ネットプレーをアップでやることでバランス能力トレーニングになる。

きょうは、良いゲームを見させてもらった。今後の指導の参考になった。

おっと、結果を忘れていた。結果は、沖縄の中部徳洲会病院が優勝した。9人制を愛する男たちは皆ボールと楽しく遊んでいる。こうでなくっちゃ!

Sat.Dec.7,2013 Vチャレンジリーグ女子の開幕

会場の1つである千葉県柏市沼南体育館に行った。対戦カードは、第1試合がGSS-仙台ベルフィーユ、第2試合は地元の柏エンゼルクロス- デンソー  。

結果は以下の通り。第1ゲームは、
GSS - 仙台 0 - 3  (17-25, 28-30, 12-25)

仙台ベルフィーユは、3年前に仙台に誕生したチームである。元全日本女子監督の米田一典氏が四国で立ち上げた「四国Eighty8 」を引き継いだ形だ。米田さんは、残念ながら過労もあり2年前に61歳で亡くなった。現在は、息子の隼人さんがチームの部長で父の意志を継いでいる。この日は来春入部の新人を就職で受け入れていただく仙台市内の企業に挨拶に出向いているということだ。

試合の方は、仙台の新戦力である中国人の王が188cmの長身を生かしてのブロックとクイックで活躍したのが目立った。GSSはブロック力が課題だ。

第2試合は地元の柏エンゼルクロスとVプレミアから降格してきたデンソーである。結果は次の通り。デンソーの一方的な勝利であった。 

柏 - デンソー  0 - 3 (13-25, 9-25, 15-25)

デンソーのスタメンの平均身長は、リベロを除けば179cm。柏は平均身長で9cm低い。スパイク力とブロック力の差が如実に出た。柏はサーブで崩していきたいところであったが、サーブはデンソーのほうが圧倒的に良かった。デンソーのサーブ決定本数は6に柏は1.効果率もデンソーが高かった。

両チームで一番活躍したのは、今年2年目の鍋谷で14ポイント。鍋谷は高校時代に東九州龍谷で三冠を達成したエース。この日もレフトスパイカーとして、サーブにスパイクにオールラウンダーな活躍を見せた。
 

2013年12月7日土曜日

Thu.Dec.6,2013 秘密を秘密にする

国会では、特定秘密保護法案の審議日程などを巡って激しい攻防を展開した。与党は6日の会期末までに重要法案を成立させる強気の構えを崩していない。成立させるベキではないが、おそらく与党の数的優位性で成立するでしょうね。

政治家は50年後、100年後の日本のビジョンを持つ人と私は教わってきた。今の政治家は目先の利権を争っているようにしか私には見えない。

さて、秘密は秘密でもバレーボール界にも秘密はある。今年は、日本体育協会主催のスポーツ指導員養成講習会の講師を千葉県と神奈川県で務めた。担当科目は「日本バレーボールの歴史」。
パワーポイントで講義しながら特定の人物に関する秘話を披露させていただいた。

誰にも光と影がある。光が強ければ強いほど影も暗い。勿論、公の面前で影の話をすることはできない。諸先輩の光の部分を正確に伝えることが我々後輩の務めと考えている。影の部分は、私の胸の中にしまっておこう。

そして影には闇の部分もある。嘘でなければ語れぬ真実というものがある。闇は闇のままで幸せな場合もある。個人の秘密は永遠に封印することも必要な場合がある。社会の秘密は、その時は秘密にすることで大きな社会的混乱を防ぐことができるものの、いつかは公開することで人間が歴史を学ぶことができる。


2013年12月5日木曜日

Wed.Dec.4,2013 面接

歳を幾つとっても面接は緊張するものだ。面接官であろうと受ける側であろうとゲーム的な緊張感がある。

ある旅行代理店の新入社員募集での面接はユニークだ。会社が採りたい社員よりもお客様に喜ばれる社員を採用するシステムをとっている。面接官は、会社のお偉方ではなく、会社のメインターゲット層のシルバー世代のお客様に面接官をお願いしているのだ。確かに、団体旅行の時には、随行員によって雰囲気は変わってくる。面白い取り組みである。

さて、面接であるが、今日は私が面接を受ける側であった。応募したのは、千葉県内のある市役所である。昨年、パソコン専門学校で4ヶ月学習したWord、Exel、PowerPoint、Access、Web作成のスキルも多少錆び付いてきた。日常的に使いこなしてスキルアップしようと思っていた時に市広報で事務系の非常勤職員の募集が眼に入った。

採用されれば、早くて1月からの勤務となる。さて、どうなることやら。

夜は、東京都ソフトバレー連盟の理事会に出席。会場は新宿区立体育館内の会議室。理事会終了後、会長、理事長、審判長と遅い夕食。

2013年12月4日水曜日

Mon.Dec.2,2013 FIVB World League Men's Volleyball 2014

日本バレーボール協会は2日、男子の国際大会「ワールドリーグ(WL)」に来年も、日本が本大会出場することになったと発表。

日本は今年2013年の同大会を出場18チーム中の最下位で終え、当初は来年の予選に回ることが決まっていた。だがFIVB国際バレーボール連盟は1日、来年のWL出場チームを28チームに増やすと発表した。これで、日本男子は、本大会から参加できるようになった。

来年の世界選手権大会出場を2ヶ月前のアジア地区予選で韓国に敗退し逃した日本男子にとっては救いの神である。世界の強豪と常に競い合っている環境にいないと、そのチームは弱体化する。チーム内の紅白戦や練習試合だけの強化では、公式戦と比べて緊張感もモチベーションも違ってくる。

日本男子は、現在開催中の全日本大学選手権やVリーグで活躍する人材を発掘してリオそして東京オリンピックを見据えたチーム(シニア、ジュニア)を速やかに編成して頂きたい。

大会期日とグループ対戦相手は、以下の通り。()内の数字は、現在のランキングを示している。

FIVBワールドリーグ男子バレーボール大会2014

2014年05月23日(金)~07月06日(日) インターコンチネンタルラウンド
2014年07月16日(水)~07月20日(日) ファイナル6

<参加28チーム>
【A組】
ブラジル(1)、イタリア(3)、ポーランド(5)、イラン(12)
【B組】
ロシア(2)、アメリカ(4)、ブルガリア(6)、セルビア(9)
【C組】
カナダ(11)、オーストラリア(14)、フィンランド(30)、ベルギー(37)
【D組】
アルゼンチン(7)、ドイツ(10)、フランス(16)、日本(17)
【E組】
韓国(21)、チェコ(22)、オランダ(31)、ポルトガル(38)
【F組】
キューバ(7)、チュニジア(13)、メキシコ(22)、トルコ (45)
【G組】
中国 (18)、プエルトリコ(20)、スペイン(25)、スロバキア(36)

※A組~E組はホーム&アウェイ方式。

2013年12月3日火曜日

Sun.Dec.01,2013 「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラー氏の『私の履歴書』がスタートした

日本経済新聞紙文化欄に連載されている『私の履歴書』、今月12月はフィリップ・コトラーFhilip Kotler氏(83歳)の担当である。自伝を書くのは初めてで、その最初の読者が我々日本人だという。

コトラー氏というと、「マーケティング Marketing」、「4P」と連想される。「4P」とは、プロダクト(製品)、プライス(価格)、プレイス(流通)、プロモーション(販売促進)の英語の頭文字Pから取ったものだ。著作の「マーケテイング・マネジメント Marketing Management」は、世界の大学・大学院の教科書となり、重版は14回にもなる。著作は52冊だ。

私はスポーツ組織(非営利組織)の在り方を、P.F.ドラッカーとコトラーの著作から多く学んだ。以下は私の手元にある『コトラーのマーケティングのマーケティング・コンセプト』(2003年)から2つほど抜粋してみた。


例えば『顧客 Customers』。
顧客に対して、企業は何を目指すべきであろうか。1つめは、「自分が買い手だったらこのように売ってほしいと思う方法で、顧客にものを売れ」というマーケティングの黄金律に従うことである。2つめは、企業の成功は、顧客の成功にかかっているのだと理解することである。企業は顧客の生活向上を目指さなければならない。顧客のニーズを理解し、顧客の期待を越えなければならない。

顧客を「バレーボール愛好者」、企業を「スポーツ組織」に置き換えてみたらどうであろうか。

例えば『リーダーシップ Leadership』。
優秀なリーダーはイエスマンを嫌う。優れたリーダーが欲しいのは、同僚からの忌憚のない意見なのである。そのためリーダーは、建設的に議論を戦わせ、創造的に思考することを奨励する。更に、大局的なものの見方を促し、全力を尽くしたうえでの誤りならば咎めようとはしない。そして、最終決断を下すと、全力で事に当たるよう部下を鼓舞するのである。

リーダーを利権を握るトップと勘違いしている昨今の政財界のお偉い方には耳の痛い言葉であろう。

さて、これから30日間、コトラー氏の歩みとマーケティングという学問の深遠さを毎日紙上から伺うことができる。年末を飾るにふさわしい人選と思う。日本経済新聞社も粋なことをおやりになる。

Sat.Nov.30,2013 東海村バレーボール講習会

茨城県東海村に出かけた。私の9人制バレーボールの師である石野さんからのお誘いである。石野さん(現日本体育大学バレーボール部女子9人制監督)と一緒に講習を行うのは10年ぶりぐらいだ。

石野浩靖さんを紹介して頂いたのは、もう27年前になる。紹介者は、佼成学園高校女子バレーボール部監督の川合先生であった。当時、私は会社勤務のかたわら佼成学園高校の正式なコーチとしてチームを指導していた。10回目の関東大会出場を目指していた。そこに選手スカウトで石野さんが見えた。石川島播磨重工業という大企業が女子バレーボール部を有していたことを聞いたことはあったが、この時初めて実業団9人制の監督さんと挨拶した。私にとって9人制バレーボールとの出会いであった。

石野さんからは、全国の9人制バレーの強豪チームの監督さん達を練習試合を通じて紹介していただいた。山梨中央銀行、セイコー千葉、エプソン塩尻、富士電機、神奈川中央交通、松下電池・・・などなど。

実業団のバレーボールチームと言えば、6人制が中心で、当時全日本に選手を多く送っている日立武蔵(後の日立)と私が仕事で担当した日本電気(後のNEC)ぐらいしか知らなかった。石川島播磨重工業(IHI)の練習を見て驚いた。練習中に笑顔がある。日立武蔵も日本電気も練習中は常に張り詰めた緊張感でピリピリしており笑顔が出る雰囲気ではなかった。

ところが、IHIの練習では、何か可笑しなプレーがあると自然と笑いがおきる。選手どうしがコート上で良く話し合っている。先輩が後輩に指導している。一番驚いたのは、監督と選手のコミュニケーションは、いつもではないが、おでん屋とかお好み焼き屋などで食事しながら行われていた。特に、私が練習に参加した日は必ずと言ってよいほど、選手同伴でバレー談義となった。今考えれば、あれは私をダシにして若い選手たちに他の会社の人間の考え方などを聞かせていた石野流のコミュニケーション術であった。

さて、東海村総合体育館にて、午前中はママさん(8チーム)達に本日の課題の「サーブレシーブ」の理論をパワーポイントで見て頂き、午後は3時までサーブレシーブの基本練習を徹底的に指導させていただいた。石野さんは、もう一つあるコートで中学生2チームを指導された。

(ママさんたちへの理論説明は画像を多く使用して説明するのが良い。文字や表だけではつまらない。この画像はカヴァーリングの大事さを訴えている。レシーバーがミスしてもレシーバー個人のミスにしないように次の人がカヴァーして相手チームに返すことが、チームスポーツとしてのバレーの面白さであり、負けない秘訣である)

指導を終えて、第2部があるという。役員との懇親会のことである。懇親会会場に着いて驚いた。役員の8割方はママさん達である。そして、みんな仲が良い。食事を進めていくうちに理由がわかった。前理事長で現在顧問の田中さんがこのような体制を敷いたことがわかった。副理事長で10年間、理事長で10年間かけて現在の体制に落ち着き、更に発展させようとしている。