第5回の東京マラソンの模様をTVで時々であったが観ていた。昼ごろ観た画面には、「石原」という名前がアナウンサーによって連呼されていた。石原とは、石原都知事とチャレンジの部で参加した息子の石良純気象予報士のことであった。都知事選立候補の意思を3月11日の都議会で表明するとした石原知事にとっては、意図していなくともまたとないイメージアップとなったに違いない。番組の終了時にまたTVにチャンネルを合わせてみた。石原気象予報士は、まだ出演していた。更にはAKB48のリーダの女の子が卒業マラソンとかで走っていた。予報士が走ろうとアイドル女の子が走ろうとランニングファンにはどうでもいいんでしょうけどね。スポーツ番組のバラエティ化は今に始まったことではないが、これも最近のスポーツ番組の作り方なんでしょうね。
さて、本日は私の59回目の生誕した日である。私を生み、育ててくれた亡き両親、支援して頂いた多くの方達に感謝する日である。ありがとうございました。そして、60回目の生誕日に向けての新しい日々の始まりである。今後もよろしくお願いいたします。
2011年2月27日日曜日
2011年2月26日土曜日
2/26 (土) Vチャレンジリーグ女子観戦

Vリーグには1部に当たるVプレミアリーグと2部にあたるVチャレンジリーグの2つの部がある。以前はこの下に、3部ともいえる地域リーグがあった。本日は、10数年ぶりにVチャレンジリーグの観戦に千葉県柏市にある市立体育館に出かけた。
私の住んでいる最寄りの駅の西船橋駅から船橋駅で東武線に乗り換えてほぼ1時間ほどで柏駅に着く。ここにはJR線も入っており、駅構内における人のにぎわいは船橋駅と変わりない。バスで15分ほどで郊外にある体育館に着いた。試合は既に始まっており、体育館の玄関に行くと、携帯電話片手の木村憲治さんと出会った。Vリーグ機構の新会長である。今月初めの日本小学生連盟30周年記念式典でもお会いしていた。しかし、なんでプレミアの会場でなくて格下のチャレンジなんだろう、と思っていたら、木村さんから回答があった。新会長としては全ての現場を見ておかないとね。それに、私は男子畑だから、女子は全く知らないんだ。なるほど、さすが会長。「答えは、全て現場にある」ですな。
会場内では、第一試合のPFU(昨年度7位)とBefco(旧 栗山米菓’昨年度11位)の2セット目であった。チーム力に差あり3-0でPFUの勝利と終わった。試合後に昨年Befcoに入社した神奈川県立大和南高校OGの2人が挨拶に来てくれた。高校時代の監督の飯塚先生は明日応援に来てくれるらしい。
第2試合は、現在全勝でトップを走る上尾メディックスと地元の柏エンゼルクロス(昨年度8位)の試合。上尾の監督はUSA女子チーム、パイオニアで監督経験のある吉田敏明氏。実は彼とは、同じ山形県の出身で彼が順天堂大学で小さなエースアタッカーとして活躍、その後筑波大学大学院生のときに全日本女子コーチ、USA女子のコーチ、東京学芸大学の監督とその時々に少ない時間ながらお付き合いしている。今日も、3年ぶりに合って、握手した。
第2試合の結果は、地元の声援もあって柏エンゼルクロスが1セットを取り会場内を盛り上げたが、結果は3-1で上尾であった。
千葉県協会理事長の山岸先生や役員、審判関係の方達と親しくお話しすること(就活も含めて)ができたが、Befcoの監督の大沢長蔵さんとお話ができなかったのが残念であった。
本日のゲーム内容であるが、上尾にしてもどこのチームも同じような戦い方でつまらなかった。同じ人間でもあんなことができるんだ、と驚きのあるバレーボールができるはずだ。そしてそんなプレーを地元の子供たちに沢山見せて驚かせ、バレーボールの後輩たちを増やして欲しい。
(画像は、第2試合の光景。観客の少ないのが寂しい。日立リヴアーレが来ると満杯になるそうだ。やはり、全日本で活躍した江畑選手効果である)
2011年2月24日木曜日
2/25(木) 何と短き如月(きさらぎ)の月よ
新年を迎えたと思ったら、もう2月も3日を余すあまり。私の誕生日は、2月27日なのだが、2月29日であったならうるう年でなければ年を取らないので、どうやって年齢を計算するのか、どうでもいいことだが、毎年この時期になると、ふとそんな気苦労が頭を横切る。
週明けには、会社にて55歳以上の社員対象に60歳以降のセカンドライフの説明会がある。企業年金、厚生年金はどうだこうだのお話である。
来年の今頃の私は、定年退職1か月前の身である。実は、先月から「おじさん就活」を始めている。体育系大学の学長や実業団元監督さんに相談にお伺いし、金メダリストたちとも協働している。指導の現場でまだまだ働けるので、海外チームから国内の私立学校までを対象に指導者として就職活動中である。世界と戦うチーム作りを拠点を設けてやりたいと考えている。できればVのチームを拠点に、地域の行政、協会、学校、医学部のあるスポーツ学部のある大学と連携して日本バレー界に貢献できる組織作りをやりたい。対象とする範囲は関東か東北としたい。何か、良い情報があればすぐに飛んでいくので、宜しくお願いしたい(tkwatana@mizuno.co.jp)。
どうも私は、人生の後半に頑張るタイプであるようだ。『論語』の孔子先生に言わせると、40歳にして惑わず、だそうだが、私は40歳でも惑っていた。もっとも、それまでは寄り道ばかりで、ちゃらちゃら生きてきたから、大人になり始めるのが遅かったのであろう。
40歳頃から、人の一生が見えてきた。同時にバレーボールの指導も解りかけてきた。一般の6人制女子バレーボールチームを創って全国大会に連続で出場した。ソフトバレーボールをやり始めたのもその頃だ。JVAの公認講師に推薦されたのもそれからしばらくしてからだ。その時はJVAで最年少の講師で、各地で年配の受講者に意地悪な質問をされては鍛えられた。教えることは学ぶことである、ということをその時学んだ。
さてさて、明日は指導者仲間で国際連盟インストラクターの足立さんとお会いし、彼が業者と企画している市販用のDVD制作のお話を伺う。その後は千葉市の我がママさんチームの練習である。
週明けには、会社にて55歳以上の社員対象に60歳以降のセカンドライフの説明会がある。企業年金、厚生年金はどうだこうだのお話である。
来年の今頃の私は、定年退職1か月前の身である。実は、先月から「おじさん就活」を始めている。体育系大学の学長や実業団元監督さんに相談にお伺いし、金メダリストたちとも協働している。指導の現場でまだまだ働けるので、海外チームから国内の私立学校までを対象に指導者として就職活動中である。世界と戦うチーム作りを拠点を設けてやりたいと考えている。できればVのチームを拠点に、地域の行政、協会、学校、医学部のあるスポーツ学部のある大学と連携して日本バレー界に貢献できる組織作りをやりたい。対象とする範囲は関東か東北としたい。何か、良い情報があればすぐに飛んでいくので、宜しくお願いしたい(tkwatana@mizuno.co.jp)。
どうも私は、人生の後半に頑張るタイプであるようだ。『論語』の孔子先生に言わせると、40歳にして惑わず、だそうだが、私は40歳でも惑っていた。もっとも、それまでは寄り道ばかりで、ちゃらちゃら生きてきたから、大人になり始めるのが遅かったのであろう。
40歳頃から、人の一生が見えてきた。同時にバレーボールの指導も解りかけてきた。一般の6人制女子バレーボールチームを創って全国大会に連続で出場した。ソフトバレーボールをやり始めたのもその頃だ。JVAの公認講師に推薦されたのもそれからしばらくしてからだ。その時はJVAで最年少の講師で、各地で年配の受講者に意地悪な質問をされては鍛えられた。教えることは学ぶことである、ということをその時学んだ。
さてさて、明日は指導者仲間で国際連盟インストラクターの足立さんとお会いし、彼が業者と企画している市販用のDVD制作のお話を伺う。その後は千葉市の我がママさんチームの練習である。
2011年2月19日土曜日
2/19(土) やまゆり杯大和地区決勝大会

やまゆり杯に出場する各地区の代表が決まってきた。本日は大和地区の代表決定戦を観戦に行ってきた。大和地区約70チームから代表に決まったのは、常連のチームであった。第一代表は、鶴間台、第2代表は下つるまAの2チームである。惜しかったのは、下つるまAとフルセットまで戦ったおおすぎチーム。3セット目は体力の差が出た感があった。
決勝戦の前に小田急の岩本先生が見えられて、しばし情報交換。なんでも聞くところによると、決勝戦の2チームのセッターは先生の関係者であるとのこと。下つるまAのセッターは東京の松蔭高校時代の教え子で、鶴間台のセッターは松蔭短期大学の間接的な教え子ということである。
ゲームを観戦して、感じたのは、上手なママさんが多かったのではあるが、9人制の特徴であるリバウンド・プレーがほとんど見られなかったこととブロックフォローが結構いい加減であったこと。スパイクは強打が多かったが、時にはリバウンドを仕掛けて、ネットプレーで相手のリズムを撹乱して、反対サイドに平行気味にトスをして攻撃するという味のある戦術も見たかった。もう一つのブロックフォロー(スパイクカバー)であるが、膝を曲げて構えているプレーヤーが少なかった。個々のプレーヤーは大変上手なのだから、カバーリングやジャッジなど、チームプレーの地味な部分を真面目にサボらずにやることで、あと2,3点は増加すると感じた次第である。
ちょっと辛口になってしまったが、大和地区のママさんバレーを愛しているからこその辛口であるのでご容赦頂きたい。
(画像は、閉会式の様子)
2011年2月17日木曜日
2/17(木) リビアでも反政府デモが
30数年前に、私がチュニジアにいたとき、聞いた話である。安息日になるとリビアから時々国境を抜けてチュニジアに遊びに来るリビア人達がいるんだ。あいつらは酒を飲みに来るんだ。まことしやかにそんな話を聞いたが、私はリビア人を見たことがなかった。もっとも見たとしてもチュニジア人と区別がつくはずもなかった。リビアはカダフィーという大佐がいて恐い国だ、と教えられた。しかし、大佐という位がその国で一番偉い独裁者であるというのもおかしな話だとその時は思っていた。1969年当時クーデターを起こしたカダフィーは当時、大尉。現在、カダフィー氏は最高指導者と呼ばれている。
そんな記憶のあるリビアでも1月にチュニジアで発生した反体制運動がドミノ倒しのようにアラブ圏に広がって行った。そして心配していたように石油の価格が買い占めなどで高騰してきた。このままいけば、世界経済にも大打撃が生じる。EU、USAは必死になって安定化に向けて政治的、経済的に動いているが、この騒乱はすぐには終息しそうにない。
私が来年の定年後にアラブ圏に海外コーチで行く予定もこれでどうなるか・・・。候補の国の1つであるバーレーンでも昨日デモが始まった。悪い予感がする。このままいけばアジアの独裁的な国々にも波及してくることが考えられる。
この活動を推進しているのは、IT(情報機器)と聞く。真実は全て明かされることで破壊の道に通じる。芥川龍之介か、シェイクスピアであったろうか「嘘でなければ語れない真実がある」と何かの本に書いていた。嘘は確かにいけないことである。しかし、一気に真実に行くことは人の思考に整理がつかずに混乱することのほうが多いのではなかろうか。・・・焼酎のお湯割りを飲みながらキーを叩いているが、少し酔ってきたようだ。広島県三次市の建設会社の女性社長から送られてきた米焼酎であるが、なかなか旨い。
そんな記憶のあるリビアでも1月にチュニジアで発生した反体制運動がドミノ倒しのようにアラブ圏に広がって行った。そして心配していたように石油の価格が買い占めなどで高騰してきた。このままいけば、世界経済にも大打撃が生じる。EU、USAは必死になって安定化に向けて政治的、経済的に動いているが、この騒乱はすぐには終息しそうにない。
私が来年の定年後にアラブ圏に海外コーチで行く予定もこれでどうなるか・・・。候補の国の1つであるバーレーンでも昨日デモが始まった。悪い予感がする。このままいけばアジアの独裁的な国々にも波及してくることが考えられる。
この活動を推進しているのは、IT(情報機器)と聞く。真実は全て明かされることで破壊の道に通じる。芥川龍之介か、シェイクスピアであったろうか「嘘でなければ語れない真実がある」と何かの本に書いていた。嘘は確かにいけないことである。しかし、一気に真実に行くことは人の思考に整理がつかずに混乱することのほうが多いのではなかろうか。・・・焼酎のお湯割りを飲みながらキーを叩いているが、少し酔ってきたようだ。広島県三次市の建設会社の女性社長から送られてきた米焼酎であるが、なかなか旨い。
2011年2月16日水曜日
2/16(水) 総合型地域スポーツクラブ育成事業in船橋
本日は、久々の休日ということで、郵便物や資料の整理を行った。まずは、JVA関係の提出物から取りかかった。地域に総合型スポーツクラブを立ち上げよう、という育成事業をJVA(日本バレーボール協会)が推進しているが、千葉県協会が手を挙げて今年の3月で、約束の3年という期間が終了した。立ち上げたのは、船橋市田喜野井でママさんバレーとソフトバレーを愛好しているお母さんたちだ。クラブ名は、ママさんチームの名称である「友愛」から文字って「You and I」と命名した。私が支援したのはこのオヤジギャグのクラブ名ぐらいで、他は日下さん(船橋市バレー協会副会長)という女性が大変ご苦労されて創立、運営された。
3年間の総括で、苦労されたことは、指導者の確保と会場の確保。指導者については、日体協指導員の講習会を受講して頂いて、基礎を学んで頂いた。現在は中学校を定年になった元バレー指導者に週2回来て頂いている。会場の確保は学校側、他のクラブ活動との交渉で週2回確保した。機関誌も3年間で2回発行できた。他の小学校にもクラブとして2番目のチームができた。
これからの課題の1つは、3つめの小学校にも1チーム創設して、管内の中学校と連携を図っていくことである。総合型という名前にとらわれず、バレーボール型で結構、ママさん、ソフトを中心に小学生、中学生がチームを作って大会に出てバレーボールを楽しむ。その活動を通じて地域の住民の話題ができて連携が生まれてくれば上々と私は考えている。
次に取りかかったのは、今年度の千葉県で開催する日本体育協会公認指導員養成講習会の件である。今年度は開催の方向で、既に会場は船橋市、期間は8月の4日間で動いている。本日は、県体育協会に講習会実施の回答書を郵送した。これから、詳細を決め、県協会のHPにアップする予定である。25年度からは小学生の大会では県大会から指導員の資格がベンチ入りの条件になるので、受講者は小学生連盟からの受講希望者は多いと思う。
3年間の総括で、苦労されたことは、指導者の確保と会場の確保。指導者については、日体協指導員の講習会を受講して頂いて、基礎を学んで頂いた。現在は中学校を定年になった元バレー指導者に週2回来て頂いている。会場の確保は学校側、他のクラブ活動との交渉で週2回確保した。機関誌も3年間で2回発行できた。他の小学校にもクラブとして2番目のチームができた。
これからの課題の1つは、3つめの小学校にも1チーム創設して、管内の中学校と連携を図っていくことである。総合型という名前にとらわれず、バレーボール型で結構、ママさん、ソフトを中心に小学生、中学生がチームを作って大会に出てバレーボールを楽しむ。その活動を通じて地域の住民の話題ができて連携が生まれてくれば上々と私は考えている。
次に取りかかったのは、今年度の千葉県で開催する日本体育協会公認指導員養成講習会の件である。今年度は開催の方向で、既に会場は船橋市、期間は8月の4日間で動いている。本日は、県体育協会に講習会実施の回答書を郵送した。これから、詳細を決め、県協会のHPにアップする予定である。25年度からは小学生の大会では県大会から指導員の資格がベンチ入りの条件になるので、受講者は小学生連盟からの受講希望者は多いと思う。
2011年2月15日火曜日
2/15(火) 我がソフトバレークラブでの練習初め
1月から我がチームである大穴ソフトバレークラブの練習に出ていなかった。火曜日は千葉市のママさんバレーのチームも練習があり、1月からはママさんの方を優先させていた。先週の火曜日に、大穴クラブは私の日程に合わせて新年会を開催してくれた。そんなメンバーの気持ちに応えて今週の火曜日から、また船橋の大穴ソフトバレークラブでソフトバレーを再開した。しばらく練習に出ていない間に40歳代の女性の新人が入部していた。本日は17名の出席者であった。
練習を終えて、やはりソフトバレーはハードなスポーツであることを実感した。あと2週間ほど通うと体も慣れてくる。
明日は振り替え休日。部屋にある溜まった切り抜きや資料などの整理をやろう。しばらく見ていないビデオも見てみたい。
練習を終えて、やはりソフトバレーはハードなスポーツであることを実感した。あと2週間ほど通うと体も慣れてくる。
明日は振り替え休日。部屋にある溜まった切り抜きや資料などの整理をやろう。しばらく見ていないビデオも見てみたい。
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