2015年6月13日土曜日

10,June 2015 勝ちました!

初戦のホスト国であるシンガポールに3-0で勝利しました。選手達にとっては、国際大会での初勝利です。

カンボジアは1970年のアジア大会出場を最後に、国際舞台から姿を消しました。その後、国内で内戦が勃発したからです。隣国ベトナムとの戦争もありました。国内は荒廃し、指導者である教師もほとんど虐殺されました。

カンボジアが国際社会に復帰し始めたのは1990年代後半からです。スポーツ団体も少しずつ息を吹き返し、国連はじめ世界各国、IOC、国際スポーツ団体の支援により現在に至っています。

昨年の韓国仁川アジア大会で、カンボジアがテコンドーで18歳の女子選手(184cm,68kg)が初めて金メダルを獲得しました。彼女は、カンボジアスポーツ再興のシンボルになっています。

次の試合は、12日、ベトナムとです。

09,June 2015 国際試合の経験

カンボジアの選手達に一番不足しているのは、国際試合の経験です。

この国に来て、最初にやったことは、なぜカンボジアのナショナルチームが東南アジア大会万年最下位なのか調査しました。バレーボール連盟役員に会ったり、国内のゲームを観戦したり、過去の資料をインターネットで探しました。

原因は、友好試合も含めて、国際試合をまったくやっていなかったのです。理由は、遠征費がないから、ということでした。遠征費が無ければ、遠征費を捻出するための連盟の努力が必要です。どうも、その努力が希薄なようです。

明日の初戦は、くじ運に恵まれて、17年ぶりに国際大会に復帰する開催国であるシンガポールと行います。この試合では悪くとも3-1で勝利して勝ち点3点を得たいと思っています。

今回の大会でのカンボジアの目標は最低でも1勝して万年最下位からの脱出とグループ内で2勝してベスト4進出。そして、選手達の国際大会での経験値を上げることです。1試合ごとに逞しくなっていくことを期待しています。そのためには、選手たちにはトップの試合も沢山見せます。高級ホテル(ツインで一泊1名2万円)でのマナーも覚えてもらいます。

いよいよ、スタートです。

2015年6月10日水曜日

08,June 2015 東南アジア大会(SEA Games)出発

東南アジア大会(出場国はアセアン諸国の11ヵ国)は、2年に1回開催されます。

今年は第28回目が、シンガポールで開催されます。我がチームのメンバーも早朝にプノンペン空港に集まりました。こういういざという時は、さすがに、のんびり屋のカンボジア人も遅刻しないことには感心します(やればできるじゃないか)。私も、集合時間の8時前には着いたのですが、選手達は1時間も前に着いていました。

先週、私は、選手達に、次のように言いました。

「遅れた来た者は、飛行機に乗れない。飛行機は時間に遅れてくる者を待ってはいないよ」。
この言葉が効いたのかどうかわかりませが、さすがに、この日は遅刻者は皆無でした。メディアも来ていて選手達は取材を受けていました。

航空会社はシンガポール航空の関連会社のシルク・エアーです。親会社がシンガポール・エアーで、東南アジア大会のスポンサーにもなっています。その関係でしょうか、お蔭で私の重量オーバーのスーツケースも無事通過しました。私のスーツケースには、私個人のモノよりも選手達用のメデイカルバッグや先週日本で購入してきたお揃いのソックスが1チーム分入っています。

そして、搭乗しました。シンガポールのチャンギ国際空港まで所要時間2時間ほどです。時差は1時間あります。気温差は2度ほどシンガポールのほうが低いので、過ごしやすいでしょう。

チャンギ空港に着き、初めて飛行機に乗ったチームメンバーの半数は、目を白黒させていました。ホテルに着くまでの道路には、信号機がほとんどなく、プノンペンン市内の渋滞に馴れている彼らは別世界にいるような印象を受けたでしょう。

自分たちの国を出て、他国を訪れてみることは、自国をよりよく理解するための良い経験になります。自分たちの国では普通でも、他国ではいけないことと言われることもあります。その逆もあります。比較することで、視野も広がって行きます。
(宿泊している市内のホテルは一泊ツインで6万円の高級ホテルです。周りもほとんど高級ホテルだらけです。食事はビュフェ(バイキング)スタイルで、美味しいものばかりで、選手達は、何とお代わりを3回もします。果物に関してはは、カンボジアのほうが断然安くて美味しいので、選手達はホテルの果物には、ほとんど手を付けません。

ホテルに着いて、まずはホテル内のトレーニングジム内で選手達には軽く汗をかいてもらいました。その後、ミーティングを私の部屋で開き、今後の予定を伝えました。ミーティングは日に2回行い、確実に連絡が伝わるようにしなければなりません。


(軽く40分ほどマシンを使って汗を流しました。普段の筋トレは、ほとんど自体重で行っているので、たまにはジムで行うのも気分転換になります)
今回の大会ではボランティアの人達が、約1万人活動しています。我々のチームにも世話役が1名付きました。40歳代の男性で名前がタンと言います。良く喋る男性ですので、英語のTang(舌)と語呂合わせで彼の名前を覚えました。私の名前の「ナベ」は、この国では、ありふれている名前なので「ワタベ」と呼ばせてもらいますということになりました。

シンガポール人の英語は「シングリッシュ」とも言われます。丁度、日本人の話す英語が「JAPANギッシュ」と言われるのと同じです。アクセントとか発音に独特の地方色があります。国が違えば、発音もその国の母国語に影響されます。ひと口に英語と言っても、世界には色々な英語があります。シングリッシュに馴れるまで、もう数日かかりそうです。


2015年6月8日月曜日

07,June 2015  日本に一時帰国してきました

2日に身内が他界しました。

そのため4日に日本の千葉の実家に急遽帰国しました。そして5日に通夜、6日に告別式と葬儀を執り行い、本日の夜にプノンペンに戻ってきました。

明日の朝は東南アジア大会出場のためにシンガポールに飛びます。荷物の準備は、先ほどほぼ済みましたので、明日早朝に再度確認してアパートメントを7時に出ます。

今回の一時帰国の際にソニー製の最新のビデオレコーダーを購入しました。プロジェクター機能も付いている優れものです。これで第2戦のベトナムの試合をじっくりと研究できます。選手達にも具体的に相手の強み・弱みを指示できます。

04,June 2015 カンボジアバレーボール連盟会長から激励

午前中にカンボジアバレーボール連盟会長から東南アジア大会に出場する男子バレーボールチームに激励の言葉を頂きました。

場所は、会長が職務を執っている国家警察庁でした。さすがにこの時ばかりは、練習時間にいつも遅刻している選手達も予定時間の20分前には集合していました。理由があったのです。その理由とは、会長からなんと金一封が頂けるからなのです。

8時に会長から激励のお言葉を頂き、選手一人一人が金一封(200㌦)を頂きました。コーチや団長も頂きました。私には・・・ありませんでした。残念・・・。


2015年6月3日水曜日

03,June 2015 壮行試合

ナショナルチームであるのに、この1年間で国際試合を経験したのは先月のベトナムチームとのわずか2戦だけです。

この国際試合経験の驚くほどの少なさが、本番でのミスの多さを招いています。まさしくそれが課題なのです。国際試合、特に他国(アウェイ)での経験が選手を逞しくさせます。常にプノンペンで練習しているだけでは、ひ弱な選手に育ってしまいます。

本日は、カンボジア連盟に先週から頼み込んで、何とか国内チームでもよいので練習試合(壮行試合)をやらせて欲しいと頼み込みました。そして、本日、国内第2位のチームと試合を行うことができました。

相手のチームには、昨年ナショナルチームの選考会に招聘した197cmのスパイカーがいます。喉から手が出るほど欲しい選手でしたが、当該チームの監督(タイ人)はナショナルチームにその選手を出してくれませんでした。連盟会長からお願いしてもダメでした。日本にはない複雑な国内クラブ間の絡みがあったようです。

彼がナショナルチームに入っていれば、東南アジア大会で初のベスト4以上入賞も十分可能です。

さて、審判団も連盟が揃え、本番同様に会場設定してくれました。観客もどこで情報を仕入れたのか300人ほどが集まっていました。ところが、集合時間の2時になっても我がチームの選手は2人しか集まっていません。招待した相手チームは1時間前から集まってアップしています。

最近、やっと時間を守るようになってきたかと思っていた矢先でこれです。ゲームは30分遅れでスタートしました。アップが不十分な我がチームは、案の定大苦戦して23-26で1セット目を取られました。2セット目からはメンバーを3人入れ替えてスタートしました。セッターには15点までクイックは使うな、と命じました。残り3セットは、相手チーム全て10点台どまりで勝利しました。我がチームは全員出場させました。

試合後、遅刻して相手チームを待たせたことに対して私の怒りは収まらず、早口でベラベラとまくしたてました。最初はクメール語で、次第に英語になり、最後には日本語になっていました。日本語でも彼らは私の表情と口調で何を言っているのか理解できています。

・・・今夜もビールの酒量が増えそうです。選手達は全員私にとって息子のようで可愛いのですが、彼らは信用できません。本来はコーチが基本的なこういう躾をやって欲しいのですが、アシスタントコーチも選手とあまり自己管理能力は変わりません。やれやれ・・・。

明日はカンボジア連盟会長の職場である国家警察庁長官室に選手と一緒に招かれています。本日解散する前に、約束の時間10分前には警察庁建物内に集合しておくように厳命しておきました。

厳命したその後に、私は誰かに確認します。「明日、何時までに集合と私が言ったか繰り返しなさい」。このくらい確認の確認をしないと私は落ち着きません。 

厳しいしつけも、彼らの将来のためです。

02,June 2015 同じ毎日はない

6月に入りました。

今年の日本の気候は、春が短かったようです。カンボジアの季節は二季です。つまり、乾期と雨季です。雨期と言っても、日中は日本の真夏日と同じく気温が高いのですが、夕方にスコール(短時間の雨降り)が来て気温が少し下がります。

1年で最も気温が高いのは5月です。日中は40度近くに気温が上昇します。太陽光は針のように皮膚に刺してきます。そして、6月に入ってから時折夕方にスコールがやってきます。いよいよ雨期に移行する時機到来です。

チームのほうは、毎日が驚きと発見の日々です。知らないことがまだまだ多いことを痛感しています。今朝は、東南アジア大会にいっしょに出場するバスケットチームと体育館で会いました。スタッフと会話するのは初めてでした。そして、わかったのは、監督の出身はナイジェリア人で、現在カンボジアに国籍を変更していることやスタッフ・選手にカンボジアと中国、香港、ヨーロッパの国々とのハーフが多いことでした。

道理で顔の骨格や体格がカンボジア人のように細くないと思っていました。平均身長は、我がバレーボールチームよりも5cmほど低い。バレーボールチームのほうが、この国では珍しく長身揃いなのです。