2012年11月9日金曜日

wed.Nov.7,2012 監督としての中田久美さんは?

  我が国の企業における女性管理職の少なさが指摘されて久しい。課長以上の管理職に占める女性の比率は2011年で7.3%に過ぎない。国際的にも日本は女性の登用の進まない国と見られており、2009年には、国連女子差別措置の促進が勧告された。(独立行政法人 労働政策研究・研修機構の資料)

  国会議員間の国際交流を手がける列国議会同盟(IPU)は5日、世界の女性国会議員の数が2月末時点で8094人、全議席に占める割合が約18%と過去最高になったとする年次報告を発表した。 国別順位では、昨年の下院選で世界で初めて女性議員が過半数を占めたルワンダが56%と断トツ。2位がスウェーデン(47%)、3位がキューバ(43%)と続いた。 日本は9・4%の104位で、前年と同順位。他の主要国ではドイツ(18位、32%)、カナダ(46位、22%)などが比較的上位につけ、米国は17%の71位だった。(共同)

 以上2つの資料からみても、我が国では女性の管理職、リーダーが諸外国と比べて少ない。スポーツの世界になると、更に少ない。なぜなのか?その論考は、別の機会にするとして、17日に開幕するバレーボールVリーグ女子バレー久光製薬の監督に中田久美さんが就任した。昨年はコーチで登録していた。Vリーグ前身の日本リーグ時代にも女性監督はいた。日立女子の生沼さん、小田急女子の丸山(旧姓 江上)さんがいた。いずれも日立そして全日本の名プレーヤーであった。中田さんも日立・全日本で名セッターとして活躍した。

  それにしても日本バレーボール界に女性指導者はまだまだ少ない。女性指導者が比較的多いのが小学生バレー、そして中学生バレー。小学生や中学生の男子バレーにもっと女性指導者が多くなっても良いと思う。高校女子や大学女子だけでなく男子バレー界に女性指導者がいてもおかしくない。女性指導者の細やかで、粘り強い指導は男性にない特徴だと思っている。

 
日本経済夕刊紙の「駆ける魂」というスポーツ指導者やアスリートを取り上げた連載物がある。11月5日から7日まで中田さんが3回取り上げられた。 中田さんは、現在、185cmの狩野選手をセッターに転向させようとしている。全日本女子で過去に180cm超のセッターは存在していない。高身長で日本人の得意な細かなスキルを駆使できるようになると日本のバレーも金メダルを狙えるようになる。レシーブボールを高い位置でトスできるだけでなく、ブロックも高くなる。セッター育成は石の上にも3年、1万時間以上の経験が必要と言われる。それまで中田監督、狩野選手が辛抱できるか、見守って行きたい。
(クンちゃん、18歳の頃。この頃のトスは「私のトスを打って!」という鼻息荒い若気のトス。一度引退して、社会勉強してからは、「打ってください」というアタッカーの打ち易いトスに変わった)
 
 中田さんに、1つアドバイス。記事によると、選手寮に自分も居を構え、寝食をともにしていると言うことだが、試合シーズン中はともかくも、平日においては監督は練習後には自宅に帰ることが良いと思う。監督が常に身近にいると言うのは選手にとっては結構ストレスが溜まるものです。同じ女性だからお風呂も一緒に入れますが、これも時々ぐらいが良いでしょう。ゆったりする場所であるお風呂に監督がいると疲れもとれませんからね。

  それと、時間が取れたら同じチームスポーツの先輩女性監督に教えを請いに練習会場に顔を出すのも良いと思います。ソフトボールの宇津木さん始めシンクロ、バスケットなどに優秀な女性指導者達がいらっしゃいます。私がまず推薦したい方は、東京の文京学院大高校・中学校の総監督である山根貞子さんですね。私もこの方から中学女子・高校女生徒の心理、それ以上に父母のお母さんたちの心理を学ばさせていただきました。それなのに、私は未だに女性を理解できないでいる・・・。
  逆に女性から理解されているようだ。いや・・・憐憫(れんびん)の情をかけられているようだ。憐憫の情とは、日常語では、哀れみである。渡邉コーチの言うことは、可哀想だから聞いてあげようよ、ということか。まあ、それでもいいか!

2012年11月7日水曜日

Tue.Nov.6.2012 おかげさまでブログ888回

  昨日のブログで、お蔭様にて888回となりました。今までは、一日にヒット数(ページビュー)は200ほどですが、一昨日から400台と2倍に跳ね上がってきました。理由は春高バレーの寸評を読んでいる人が多くなったのです。

 さて、888は、漢数字では八八八と書く。漢字で「」と書くと下の方が広がる事から「末広がり」を意味し、日本では幸運とされています。「ハハハ」と元気に笑っている形にも見えますね。笑う門には福来るですな。

 呆け予防の防備録として始めたブログですが、読者の皆さんがたの叱咤激励がなければ、ここまで続いていなかったことでしょう。1週間ブログの更新がないと、静岡の中学校の増田先生なんか「お~い、生きていますか?」という確認メールが直ぐに来ますからね。バレーの講習会会場に行くと、必ずどなたからか「読んでますよ」とお声をかけていただきます。そのたびに嬉しさと同時に、下手なことは書けないぞと言う緊張感が走ります。

 さてと、そんなことで、今週は宝くじでも買って幸運を引き寄せようかな。
昨日、ママさんバレーの練習を行った運動公園体育館駐車場で業者の方が菊展示会の準備をされていました。品評会用の艶やかな菊と一緒に即売用もあったので、咲き始めの一鉢を購入してきました。

 菊は私の父親の名でもあります。菊松と言いました。父の姉は、2人いまして、長姉(ちょうし)は松世、次姉(じし)は竹子、妹が菊江と皆が花か植物の名前を付けられていました。父も2人の姉達も既に他界しています。購入した菊は大菊(一輪菊)の中でも厚物といって、これから花弁が中心に向かってこんもりと盛り上がっていくそうです。47歳で早世した父を偲んで購入した次第です。

Mon.Nov.5,2012 ママさんバレーを指導する訳とは

 本日の午前中は、船橋市内の幼稚園ママさんバレーチームを指導した。良く、聞かれるのは、渡邉さんほどの人だったら、もっと若い人達の高校や大学のトップチームの方が合っているのではないですか?ということ。確かにトップチームは戦術を駆使して面白いバレーができる。体力があり基本ができているチームであれば、4-6で相手チームに劣っているチームでも戦術で5-5まで闘えるところまでそのチームの実力を引き上げることはできる。そこから勝利を得るには選手たちの「心の力」になる。

  「心の力」とは?具体的には「勝ちたい気持ち」「仲間を思いやる気持ち」「指導者、両親、家族への感謝の気持ち」。これらの「心の力」を選手たちが自発的に出すように指導するのが指導者の役割だ。そして、チームとはそれ自体が生きものである。選手達の中にリーダーが必要だ。コート上のリーダー、コート外のリーダーと2人のリーダーが必要だ。企業組織で言うと、中小企業の営業の最前線で働く部長と財布の紐を握る経理部長のような関係だ。指導者は経営者であり商品企画開発と安全管理責任者である。チームの中に2人のリーダーがいないと指導力だけでは良い結果は出ない。

 船橋の幼稚園ママさんチームは、全員バレーの素人である。従って、バレーボールの基本を1から教える必要がある。実は、この「基本の基」の指導が私のコーチングを磨いている。トップチームでは基本の基を指導することはほとんどない。ママさんの指導は、私にとって貴重な学習の場なのである。

  このチームは、7月から週1回指導しているので、ようやくママさんバレーの基本10の内1までできるようになってきた。実力はそれまでの1.5倍アップしてきた。自分達より力のあるチーム(4-6)にも対等に対戦できるようになってきた。ジュースでセットを取られる試合が多いが、あとはコート上のリーダーが出てくれば21-19で勝利できるようになるであろう。現状は個々のプレー、サーブのリーダー、スパイクのリーダー、レシーブのリーダーがいるだけで、ゲーム全体を引っ張っていくリーダーは不在だ。但し、コート外のリーダーはしっかりしている。特に忘年会リーダー(幹事)はしっかりし過ぎている!ほどで、このリーダーシップがコート上にも出てくるのを願っている(笑)。

 いずれにしろ、女性のバレーは「明るく」「元気に」「美しく」だ!

2012年11月6日火曜日

Sun.Nov.4,2012 春高バレー  各府県から代表が名乗りをあげた

 3日、4日は全国各地で予選会が多かった。各地で熱い戦いが繰り広げられている。結果中心で報告していく。

<青森大会男女決勝>
 名門で全国常連校の県立弘前工業高校が負けた。7年ぶりに代表になった県立五所川原(ごしょがわら)工業は、監督の川浪先生の指導力が大きい。チームは7年前にも出場し、そのときはベスト8に入賞した。エースの小山内君(188cm)がサウスポーから繰り出すスパイクの切れ味が鋭かった。彼は、その後、早稲田大学に進学。そしてFC東京に就職したのだが、今年のメンバーには載っていない。どうしているのか?

(県立五所川原工業高校男子バレー部は部員数が30名近くいる。バレーの盛んな土地柄でもある)

男子: 五所川原工 - 弘前工 3-1 (25-23, 22-25, 25-15, 25-18)
女子: 弘前学院聖愛 - 三沢商 3-0 (25-23, 25-10, 25-8)
※五所川原工は7年ぶり5回目
※弘前学院聖愛は8年連続10回目

<岩手大会男女決勝>

【一関市総合体育館】
男子: 一関修紅 - 不来方 3-1 (20-25, 25-19, 25-21, 25-20)
女子: 盛岡女 - 高田 3-0 (25-12, 25-13, 25-11)
※一関修紅は27年ぶり7回目
※盛岡女は3年連続19回目

<新潟大会男女決勝>
 新潟男子の上越総合技術の代表は、前身の高田工時代を含め14度目になる。県立高田工業高校は伝統校である。20年前の全盛期当時の監督であった中山先生の教え子達が関東の体育系大学に進学。その後、中山先生の尽力もあって多くの教え子達が新潟県に戻ってきて、中・高校でバレーの指導に当たっている。中山先生とは春高の会場で毎年お会いして指導論をお聞きしている。中山先生は、新潟県バレー界の強さの源泉だ。

男子: 上越総合技術 - 東京学館新潟 3-2 (16-25, 25-20, 25-21, 16-25, 15-12)
女子: 長岡商 - 新発田商 3-1 (20-25, 25-18, 25-13, 25-13)
※上越総合技術は7年ぶり14回目
※長岡商は28年ぶり3回目

<大阪大会男女決勝>
伝統校の男子の大阪商業大学付属や女子の四天王寺、国際滝井はベスト8止まり。東京、神奈川の伝統校もそうですが、私学の学校で進学に力を入れる学校が増えてきましたね。私は、文武両道が学校経営の健全なあり方と考えているが、極端に進学一辺倒になっている私学の学校が多いのが実情。公立の授業料無償化で授業料の高い私学を敬遠して公立に優秀な選手が流れていると言うことも耳に入ってくる。

男子: 大塚 - 清風 2-1 (23-25, 25-22, 25-20)
女子: 金蘭会 - 建国 2-0 (25-20, 25-16)
※大塚は5年連続8回目
※清風は2年連続21回目
※金蘭会は2年連続2回目
※建国は2年ぶり3回目

<宮崎大会男女決勝>
男子: 宮崎工 -  都城工 3-0 (25-18, 25-22, 25-23)
女子: 延岡学園 - 都城商 3-2 (26-24, 25-21, 25-27, 18-25, 15-10)
※宮崎工は2年連続11回目
※延岡学園は4年ぶり14回目

<鹿児島大会男女決勝>
男子: 鹿児島商 - 鹿児島城西 3-0 (25-19, 28-26, 25-15)
女子: 鹿児島女 - 錦江湾 3-0 (25-20, 25-14, 25-20)
※鹿児島商は6年連続25回目
※鹿児島女は5年連続31回目

2012年11月4日日曜日

Sat.Nov.3,2012 春高バレー(群馬県決勝)&全日本ユース男子アジア大会結果

 群馬県の準決勝、決勝が昨日3日、前橋市関根町のALSOKぐんまアリーナで行われた。男子は県立伊勢崎が県立高崎を下し、3年連続9回目、女子は高崎健康福祉大高崎が県立西邑楽を抑え、27年ぶり2回目の全国切符を手にした。
 男子の県立伊勢崎が、夏のインターハイ県予選で敗れた県立高崎に雪辱を期し、3年連続9回目の優勝を決めた。
3連覇を決め、選手に胴上げされる県立伊勢崎の渡瀬洋治監督(産経新聞社から)

 

県立伊勢崎高校の監督である渡瀬先生は佐賀県出身である。実は、彼と同じ中学校、高校、大学のバレー部で一緒だったのが、お隣の埼玉県でやはり全国区のチームを率いている春日部共栄高校女子バレー部監督の吉田篤弘先生。この二人は本当の兄弟より仲が良い。二人とも、正直、バレーのプレーは人並み、いやそれ以下であったのかもしれない。しかし、指導は二人とも上手だ。なんといっても心が熱い。渡瀬先生は特に熱い。高校生より小さな体で良く動き回る。二人とも九州から関東の群馬県と埼玉県という地方に出てきたが、始めは県内出身者でないということで随分と苦労した。助けてくれたのが、同じ九州出身の先輩教員であったり地域の商店街の親父さんたち、そして父母達であった。今は、お二人とも完全に地域に溶け込んでいる。

 女子の健大高崎が接戦の末、追いすがる県立西邑楽に競り勝った。健大高崎は、正式名称を高崎健康福祉大学高崎高等学校という。以前は、群馬女子短期大学付属高等学校という。その時代に春高バレーに1度出場している。1,2年生中心の小柄なチームだが、全員が器用な子が多く運動能力は高い。

 西日本の県からも代表が名乗りを挙げてきた。
【岡山県】 2012-11-03
男子: 岡山東商(2年ぶり28回目)
女子: 就実(2年連続37回目)

【徳島県】 2012-11-03
男子: 阿南工(9年連続9回目)
女子: 城南(5年ぶり5回目)

 最後に、11月1日に閉幕した、イランのテヘランで行われた第9回アジアユース男子バレーボール選手権大会2012 の結果を伝えておこう。いまやシニアでもアジアNO.1チームになったイランが連続優勝を飾った。イランは地理的に欧州に近く、指導者も欧州から来ている。イランのユース(中学・高校生の年代)が優勝したことに対して、イランのアフマディネジャード大統領は、1 日夕方、この優勝と世界選手権への出場にお祝いのメッセージを寄せた。このメッセージでは、「今回の成功は、イランのスポーツ選手の闘志と努力を示すものだ。イランのスポーツ選手の活躍が、イラン国民の栄誉につながるよう期待している」とされている。大統領がユースのレベルでメッセージをすぐに発信するなんて驚いた。スポーツに相当力を入れている証だ。

(連続優勝したイラン男子。IRAN japanese radioから)
 
日本も久しぶりに2m台の選手を3名擁し将来に期待が持てる。インドが前回と比べて順位を下げた。近いうちに、今は国名も出ていないが、インドネシアもベスト8あたりに進出してくるであろう。インドネシアのバレーボール協会会長がIOC委員であり、有力な銀行経営者という経済人であると言うのが大きい。日本も世界で戦う前にアジアでどのように闘うか、アジアのライバルチームの今後の動向と各国協会を取り巻く経済環境、協会の政治影響力そしてナショナルチーム強化策の情報収集が必要であろう。そうでないと、日本の大手家電メーカーと同様の苦境に陥る危険性は十分ありえる。アジアのシニアで今回LONDONオリンピックに出場したアジア代表のイラン、オーストラリアが世界のベスト8にも残れない現状をもっと重く受け止めねばならない。強化については中期的(8年)で大胆な発想が必要だ。そのヒントは歴史から学ぶ視点と迅速な行動力にある。

<最終順位> (前回2010)
1位  (*1)  イラン  5大会連続6度目の優勝
2位  (*2)  中国
3位  (*5)  日本
4位  (*3)  韓国
5位  (*6)  チャイニーズタイペイ
6位  (*8)  スリランカ
7位  (*4)  インド
8位  (*7)  タイ
9位  (*9)  オーストラリア
10位  (10)  カザフスタン
11位  (--)  トルクメニスタン

☆上位4チーム(イラン、中国、日本、韓国)に、2013世界ユース選手権(メキシコ)の出場権が与えられる。

<全日本ユース男子バレーボールチーム>
*1  久原 翼     1995  188  WS  市立尼崎高校3年 (C)
*2  高橋 健太郎 1995  200  MB  米沢中央高校3年
*4  山﨑 貴矢   1995  191  WS  星城高校2年
*5  吉野 雅人   1995  188  WS  深谷高校2年
*6  小野寺 太志 1996  200  MB  東北高校2年
*7  秦 耕介     1995  187  WS  駿台学園高校2年
*8  平田 亮介   1995  187  WS  崇徳高校2年
*9  石川 祐希   1995  188  WS  星城高校2年
10  髙澤 和貴   1995  180   L   長野日大高校2年
11  大宅 真樹   1995  178   S   大村工業高校2年
12  鈴木 祐貴   1997  200  MB  北秋田市立鷹巣中学校3年
15  龍 一誠     1995  178   S   東福岡高校2年
監督  本多 洋 (崇徳高校)
コーチ  竹内 裕幸 (星城高校)

2012年11月3日土曜日

Fri.Nov.2,2012 真紀子節・・・こぶしが効き過ぎ

  演歌と言えば「こぶし」がつきものである。こぶしは漢字で「小節」と書く。若い人には、歌手の五木ひろしが歌うときに握り締めている「拳」だと勘違いしている人もいるが、違いますよ~。(現在、週1指導している船橋の幼稚園ママさんのメンバーも「こぶし」は「拳」なんだろうな~?特にハーフセンターのiちゃんには)

 文部科学大臣の田中真紀子さんの「小節」が効き過ぎたニュースが夕方流れた。これは、「小節」というより「拳」かも知れない。いや、鉄のように硬いと言う意味で「鉄拳」である。来春、大学を開校して宜しいと前日言われた3大学について、田中文部大臣が一転、不認可としたのだ。

 「大学が沢山作られてきた(現在780校)が、教育の質自体が低下してきている」という大臣の問題意識には私も賛同するところがある。しかし、現行のルールでOKとした文部科学省の答申を大臣の権限でNO!とした。これまでに「大学設置・学校法人審議会(設置審)」の基準に合うように
財務計画、校地、校舎、教員組織を1つ1つ準備してきた学校関係者の落胆振りは察することができる。新たに採用された教員も右往左往していることでしょう。入学を希望していた学生も困ってしまう。
  田中大臣も指摘するお仲間同士で組織している設置審の緩い基準のありかた、あいまいな大学運営評価については問題がある。だからといって、現行のシステムで認可した答申を翌日にダメと言うのは権限の乱用ではないか?行政訴訟に詳しいある専門家は「設置審は、文科省が作った大学設置基準に基づいて認可を答申しており、それを不認可とした田中文科大臣の判断は、自ら定めた基準を破るもので、大臣の裁量の範囲として許されるものではない」として批判している。
 どうも、田中さんと言う人は、手続きを踏んで中身を議論することがまだるっこしい性格なのかもしれない。先週の石原さんの発言に続き、田中さんの性急な発言はマスコミを嬉しがらせるだけで日本が前に進まないような気がする。

Wed.Oct.31,2012 またか、企業スポーツの休部

  パナソニック(旧 松下電器)がバドミントン部とバスケット部を今季限りで休部することを発表した。業績悪化による経営合理化の一環で野球部、バレーボール部、ラグビー部については、活動は継続する。「休部」とは、この世界で使う言葉としては「廃部」と同意義である。「廃部」と表現するとショッキングなので、柔らかく、復活の可能性も込めて「休部」と表現するのがこの国の発表の仕方である。そして、過去20年の例を見ても、休部した企業スポーツが復活した例は見られない。企業スポーツは、産業構造の変化とともに、また企業収益の低下とともに、衰退の道を歩んでいる。

 
 
 
 2年連続7,000億円の赤字を計上したパナソニックの赤字は、同じ時期に発表されたシャープの赤字とは内容が違う。税引き後利益は両社とも赤字だが、パナソニックは本業の儲けを示す営業利益は1,400億円の黒字を確保する。シャープは営業利益も赤字で深刻だ。一部の評論化筋によれば「パナソニックもシャープも経営者の判断の誤りが業績悪化の原因だ」と手厳しい。パナソニックの場合は、確かにM&A(合併・買収)で三洋電機を8,000億円で買収したものの事業環境が大きく変わり結局5,000億円の減損損失の計上を迫られた。携帯電話事業もスマートフォーンの出遅れなど経営判断の遅れが原因になっている。電池事業部も収益計画を下回り、本業の家電の薄型テレビ事業が円高、ライバルとの価格競争激化、中国での日本製品不買運動などで利益が減り大不振だ。

 三洋電機からはオグ・シオコンビでも人気を集め、日本リーグ15回優勝と伝統のあるバドミントン部を引き継いだが、結局、休部となった。電池というと、今は定年退職され、現在Vリーグ機構の会長の木村憲治さん(中大→松下電器→ミュンヘン金メダリスト→中大監督→松下電器監督)は、定年前、電池事業部長であった。今の古巣の窮状をどうお思われているのであろうか。

 実は、きょうも家内の実家に来ている。80歳を過ぎて年老いた義父・義母の話し相手になればと思って週1回泊りがけで来ている。2階に上がって、預かって頂いている本棚の前で本の背表紙を眺めていると不思議と落ち着く。最近、華々しく出てきた電子書籍にはない趣がある。本棚の背表紙を眺めていると、松下電器を興された松下幸之助、本田を興された本田総一郎関連の本が眼に留まった。再読しようと船橋の家に持ち帰ることにした。ダンスの本は、ママさんバレーのウオーム・アップに取り入れようと、これも本棚にあった。

 経営の世界もスポーツの世界も、不振の時は歴史に学ぶときかもしれない。特に創業時の社訓は、時代が変わってもその変化に対応できる知恵が詰まっている。組織が大きくなると、創業者自信もコントロールできなくなることは松下電器も経験した。
  1977年に、松下電器は3代目の社長に役員26名中、下から2番目の序列にいた平取締役の山下俊彦(当時58歳)を突然、社長に抜擢した。年功序列の日本企業の慣習をあえて破った創業者、松下幸之助の決断に世間はただ驚いた。体操選手の山下治広が披露した跳馬の技にちなんで「山下跳び」と呼ばれた。

  当時の松下電器の問題点は、第一に組織の官僚化、高齢化であった。その弊害で創業以来の家電中心、販売主導の経営から脱皮できず、エレクトロニクス技術を基盤にした情報分野への電気産業界への市場変化に対応できなくなっていた。松下の課題は、販売から技術へ、単品からシステムへと経営の重心を移動させることであった。

 そして、山下さんは困難な課題を正確に認識し、着実に解決して9期連続増収増益を達成した。その山下さんのビデオテープがやはり本棚にあった。社長就任の打診を松下幸之助から受けて再三断り続けたこと、カリスマ創業経営者の松下幸之助のもと社風が「幸之助教」などと一種の宗教的な雰囲気がある中で堂々と幸之助の提案に発言したことなど、再読いや再聴することで、今のバレー界を打破すべくヒントがあるかもしれない。

 私は、これからの日本バレー界の成長をアジアバレー界と連携したうえでの世界のバレー界の成長という視点を持つべきであると考えている。
 山下さんは、今年の2月に92歳で旅立った。先人のリーダーに学ぶべきことは沢山ある。何をやったかでなく、どのような視点でどのように実践したかが時代を超えて参考になる。