2014年6月30日月曜日

Fri.June 27,2014 The ups and downs

The ups and downs. 「上がったり、下ったり」。つまり、「栄枯盛衰」。人生、良い時も悪い時もある。禍福は糾える縄のごとし。・・・何か、英語のほうが、実に単純でわかり易い。

なんで、このような言葉を並べたか?World Cupで日本が1次リーグで敗退し、4年前のベスト16以上どころか、1次リーグ最下位に終わったことや、やはり前回優勝したスペイン、サッカー発祥の国であるイングランドの1次リーグで敗退したことを受けて、頭に浮かんだからである。

練習の始まる前に、いつものように私が今日のポイントをこの成句から書き始めた。選手たちは、どういう意味?と言う顔で聞いてきたので、説明した。


「君たちも、今はASEANで最下位だけど、人生はこいうものだから、これから良くなるよ。私と一緒にやればね」。ちょっと誇大広告ぎみかもしれないが、私にはカンボジアのチームを今よりも強くできる自信がある。根拠は、前のナショナルチームは個人プレーしか指導していなかったことがわかったからだ。

38年前の記憶が蘇ってきた。

アフリカ選手権でカメルーン国チームのゲームを見た。選手は小柄ながら、キューバの選手のように胸までネット上に出しながら試合前のスパイク練習をしていた。スパイクされたボールは床から大きく弾んで天井に届きそうなほどであった。ゲームが始まった。カメルーンは強打一辺倒で闘っていた。スパイクを失敗すると、セッターに非難を浴びせた。セッターはレシーバーに非難を浴びせた。そして、チームは崩壊して敗退した。

当時、指導していたチュニジア共和国の国内チームのプレースタイルもカメルーンに似たり寄ったりであった。1チームだけ、私の提案を受け入れて、速攻・時間差・移動攻撃を行ったチームがあった。当時の選手たちにしてみれば、囮になるという犠牲心はなかった。他のスパイカーのために相手ブロッカーを引き付けるという精神はなかった。しかし、私の提案を受け入れたそのチームの監督は選手達にその精神と効用を何度も説いた。そして、勝利を重ね、昨年度8位のチームが一躍国内初優勝を遂げた。

同様のことが、ここでも功を奏するかは、私のアシスタントコーチの説明にかかっている。私が監督の権限で選手達に強制的にやらせることはできる。しかし、それでは私の指導精神に反する。私は選手達と「納得ずくの元」で指導を行うタイプである。お互いに納得しての行動であれば、迷いはない。

なんか・・・また長くなってしまった。

そんなことで、今日の練習は、高いトス(set)に対するブロックジャンプのタイミングを何度も説明した。日本語の「1、2の3」は英語でなくカンボジア語の数字でタイミングの取り方を指導した。日本語の「1、2、3」は、カンボジア語では「モォイ、ペィー、バィ」と発音するが、子音が多く発音がとても難しい。時々、口元がひん曲がってしまう。

今日の練習は午前中だけであった。昼食は、1週間に1回は行く日本人でオペラ歌手の岩崎さんのイタリアンカフェに行った。いつもは、夕食に行くのであるが、昼は初めてだ。パスタが来るまで、カンボジアのピーナッツをつまみにアンコールブランドのビールを頂いた。

2014年6月29日日曜日

Thu.June 26,2014 市場へ買い物

私の住んでいるアパートメントから歩いて10分の所にマーケットがある。つまり、市場である。それも、一般の人が買い物に行く市場である。先週、初めて中に足を踏み入れた。市場独特の鼻をつくむせる程の匂いがした。川魚、鳥、豚、牛、米、香辛料などの生鮮食料品の匂いが鼻腔から入り、頭がクラクラするほどだ。鶏は放し飼いにしている店もある。

マーケットの中心には簡易食堂のようなものがあり、丼に何か色々入れて食事をしている。私の繊細な胃袋では、まだ彼らのように消化できない。チャレンジは、先に延ばしておこう。

外に出て、サトウキビの絞りたてのジュースを買った。これは、もう数回ほど飲んだことがあるから、胃袋も驚かない。英語では「シュガー・ジュース(砂糖ジュース)」、こちらの言葉で「タックオン・パウ」という。値段は、1杯1,000リエル(日本円で25円)。
 
電動の絞り機でサトウキビの茎を絞って汁を取り、氷を入れた容器に入れて、出来上がり。

シャワーを浴びた後に、これを飲むと元気が出てくる。自然のほのかな甘みが口一杯に広がる。

もう一つ、今回は果物を買った。プライム・ミン(Prime mine)」という。ライチに似ている。1ドル(100円)札を渡して、その金額分だけ頂戴とジェスチャーで伝えた。本来は値切るところであるが、おばさんには英語が通じないので、しょうがない。カンボジア語で値切れるようになったら、おばさん驚いて無料にしてくれるかも知れない・・・かな?


冷蔵庫で冷やして食べたら、さわやかな甘さがとても良い。
(見かけは小さなジャガイモのようだが、殻をむくと、乳白色の実が出てくる。種は大きいので飲み込まずに出す)

果物の宝庫と言われているカンボジアで、こんな感じで各種フルーツを堪能していると「フルーツ評論家」になれるかも知れない。いや、その前に糖尿病になる恐れもある・・・。

綺麗な薔薇には棘(とげ)がある。美味しいフルーツの食べすぎには、病気が待っている・・・。

Wed.June 25,2014 アプサラ踊りの木彫りを求めて

カンボジアと言えば、世界遺産のアンコールワット。ワットとはお寺と言う意味。古代の首都であるアンコールには数多くのワットが建てられた。それらの壁面のリレーフに天女が彫られている。天女は「アプサラ」と呼ばれ、神と人との仲介者として踊るダンサーである。

9世紀ごろに、この踊りは宮廷文化として根付いた。日本神話にも似たような話はある。踊りは女性のほうが男性よりも魅力的なのであろう。天照大神(あまてらすおおみかみ)も天の岩戸に閉じこもったが、アメノウズメという女神(日本最古の踊子であり芸能の神)の踊り見たさに岩戸からでてきたというお話が『古事記』や『日本書紀』にある。
(この人は売り子。踊子ではない。値段表は付いていない)

今日の練習を終えて、そのアプサラの踊りの木彫りを求めて、専門店に行った。私が行ったのは、あまり観光客が来ないようなお店であった。値切り交渉をして1,800円のものを1,600円で購入した。もう少し値切れたと思ったが、値切り交渉の初心者の私には、今のところこんなものであろう。
(自宅のリビングにある本棚に置いた。大理石でできているモノは、もう少し高い)

日本では、値切られるほうは得意であった。「持ってけ、泥棒!」などと気前が良いものだから、インターハイや国民体育大会などでのmizunoの売店では、部下たちから「渡邉さん、なるべく売店におらずに会場の中にいてくれませんか?」と懇願される始末であった。カンボジアには、日本の渡邉のような人はいないのか?・・・などと、暑さで機能停止寸前の私の脳は何やら唱え始めた。

Tue.June 24,2014 休息日

きょうは、私の活動はお休みにしました。

遅い朝食を最近このあたりに数カ月に1店のスピードで開店しているcoffee shop(コーヒーを中心に軽食もあるレストラン)の1つで採る。2日に1回はこのshopで朝食や昼食を採る。shopの店員たちも私の顔をすっかり覚えていてくれて、いつも笑顔でドアを開けてくれる。

私はカンボジア語で挨拶と注文を行って、彼ら、カンボジア店員たちはは私に英語で話しかけてくる。なんか変だ・・・。

金額は、日本より2~3割ほど安い。お客さんは、外国人が圧倒的に多く、カンボジア人は上流家庭の若者たちが、日本のマックのような感覚でお喋りにやってくる。

午後からは、ビデオ屋さんに行って6本ほど購入してきた。新作も日本と同じように出ている。但しコピーのようだ。DVD1枚150円は安すぎる。但し、字幕は、英語のみ。私には、英語の学習になるので都合が良い。辞書をそばに置き、パソコンにDVDを挿入し、わからない単語があると停止させ辞書を開く。時には辞書を引かなくとも理解できてしまう作品もある。バレーの指導の現場で使えるような言い回しがあると、「My Notebook」という3年前からコツコツ作っている指導の時に役立つ表現集に書き込む。ある程度、たまってくると、ワードで清書してプリントアウトする。最近、50ページを超えた。

1年後には、小学生から高校生の指導者を対象にした「英語で指導するバレーボール」のようなタイトルで出版してもらうことを考えている。

こちらの暑さにも、私の体が慣れてきたようだ。また、長い雨期に入ったといっても朝晩、特に朝は涼しいくらいで、クーラーはいらない。雨が降っても、にわか雨のようなもので、1時間と降り続くのは珍しい。風もそよそよと吹いている。





2014年6月26日木曜日

Mon.June 23,2014 プノンペンに帰る

昨夜、もう1泊して、今朝早くバッタンボーンを出発した。100キロほど国道5号線を時速80kmで走った。制限速度の標識はない。


途中、プールサットという町のはずれにある「道の駅」で朝食を採った。


「道の駅」とは日本での言い方で、英語ではRoadside Stationtと言う。一般的にはParking(パーキング)でもよいであろう。実は、この「道の駅」は日本政府が資金援助して昨年完成したばかりである。国内では、ここだけに建っている。店内では、カンボジア人が運営していたが、基本的なマニュアルは日本人が作ったものらしく、テーブルや椅子も簡素で清潔感が溢れていた。改めて、日本の「道の駅」そのものと、しばし日本の感覚を味わった。

道々に点在している典型的な農家は高床式である。このほうが風通しが良くなるようだ。また。蛇などの侵入を防ぐためでもある。床下では家畜を一緒に飼っている場合もある。ハンモックを吊るして休んでいる人もいる。

昼過ぎに、プノンペン市に着いた。着いたは良いが、街の中を抜けて我がアパートメントに着くまで30分もかかった。信号機の少ない市内は、相変わらずの交通大渋滞。大阪市のようなところに130万人も住んでいる。緑が多く、ゆったり暮らしている地方の人たちが一瞬羨ましくなった。

少し疲れた。今日の午後と明日の練習は休みを取っている。

Sun.June 22,2014 バッダンボーンにて その2

朝食時に、署長から電話があって一緒に朝食しましょう、というお誘いがあった。場所は、よく使うらしい定食屋である。
(代表的な朝食のクイティウである。ここの店主はベトナム人と言うことで、他の店とちょっとサービスが違う。モヤシたっぷりと付いてきた。このモヤシをクイティウにどっさりと入れて食べるとまた美味しい)

午前中に、少し時間があったので、近郊に観光に行った。1つは「ワット・エク・プノン」というお寺。11世紀前半に建立されたものだ。砂でできた岩を積み上げて作られた中型寺院である。入り口から入っても入場料の300円を取りに来ない。通訳に聞いてみたら「それは、渡邉先生がカンボジア人に見えたからでしょう」との返事であった。カンボジア人からは入場料を取らないシステムらしい。



長い、長い石の階段を登っていくと、小学生くらいの女の子たちが団扇を持って扇ぎながら付いてくる。他の(と言ってもこの地方まで観光客が来るのは珍しいが)外国人(オーストラリア人)にも団扇を扇ぎながら付いてくる。どこの発展途上国の幼い子供たちは親を助けてよく働く。帰りにはチップを弾んであげた。

次に向かったのは、川を堰き止めて作った沼に向かって昼食を採った。沼では小舟乗った漁師が投網で小魚や雷魚を捕っている。それを眺めながら近隣から家族で小宴会を楽しみにやってくる。

食事が終われば、ハンモックに揺られて風を楽しむ。そうか、今日は日曜日であった。
(ドライバー、通訳そして私の3人分の昼食。鳥の丸焼きと小さな鳥の丸焼きがある。お魚の尾頭付きと違って、鶏肉のお頭付は、ちょっと抵抗がある。しかし、食べ始めたら、そんな抵抗も薄らいだ。人は慣れていくものだ・・・)

公式試合のほうでは、これといった選手は見つからなかった。エキジビションマッチで昨日お邪魔した地元警察チームと2週間前に訪問したやはり地方の警察のチームのゲームがあった。そこに1人、スーパースターを見つけた。身長は186cmながら全日本男子エースの福澤のようなジャンプ力とパンチ力がある。面構えも凛々しい22歳である(昼食を食べすぎてカメラをホテルの中に忘れてきてしまった!)。オポジット(セッター対角で以前はスーパーエースと呼ばれたポジション)に欲しい選手である。

地元の人は、皆、彼がスーパースターと認めいていた。地元協会の役員は私に耳打ちした。「監督、彼のプレーは素晴らしい。4年前にもナショナルチームに入っていた。但し、性格が悪すぎて、昨年の東南アジアゲームには選ばれなかった」

スポーツは人格者がするものというよりは、スポーツを通じて人格者になれると、私は信じている。特にチームスポーツは選手の気持ちをつなげるスポーツである。ラグビーの『皆は1人のために、1人は皆のために』と言う精神は、バレーボールにも当てはまる。

公式戦は、闘いである。血を流す戦いではないが、血を沸騰させるほどの闘争心を発揮させなければならない。良い人、だけでは現場では戦えない。多少、性格が悪いくらいの若者のほうが育て甲斐がある。中卒らしいから、彼の将来のことも含めて考えてあげたい。


Sat.June 21,2014 選手発掘で地方のBattanbangへ

Battanbang市は、旅行ガイド本のカタカナ表記では「バッタンバン」とあるが、こちらの人の発音を聞いていると「バッドンボーン」と言っている。従って、私も地元の人が言っているように「バッドンボーン」と呼ぶ。
(途中で朝食を採った。カンボジアの代表的な朝食であるクイティウ。米の粉から作った麺の上にゆで豚肉を載せて、レモン汁をかけて食べる)
(揚げパンも香ばしくて美味しい。残った揚げパンをウエイターが隣のテーブルの客にそのまま持って行ったのには少し驚いた)

今日、明日と2日間、プノンペンから北西へ約300キロの所に位置するBattanbangに選手発掘に出かけた。この市はカンボジアで2番目に大きな市と言うことである。プノンペンを出ると国道5号線沿いに平野が延々と続く。バッドンボーンが近づくにつれ水田が多くなってくる。この地域の特産品はお米である。国内のほとんどの米の生産量は、この地で賄っている。
(ココナッツの木は国内のどこにでもある。木の上方のほうに実がなっている。幾つあるか?ここには七つ(ナナッ)よりは多いと思う。おやじギャグでした・・・)

朝7:00にプノンペンを出て、休憩を2回ほど入れ、12:00にはバッドンボーンに着いた。
(後ろにあるのは街の中央にある巨大な坐像。その昔、米を美味しくする棒を持った武将がいた。棒のことをドンボーンといい、そこから町の名前が付けられたそうだ)

休憩を1時間取ったので、実質4時間のドライブであった。思ったより早く着いたのは、国道に信号機がないから。プノンペン市内にも、まだ信号機は少ないが、地方に行くと、全くと言っていいほど信号機は設置されていない。
(点数を付けている眼鏡の女性は、近くの朝飯屋のウエイトレスという。相当バレーボールが好きなようだ)

昼食を採った後、まずは地元の州警察署署長に挨拶に出向いた。カンボジアは主だった地方の警察署がバレーボールチームを所有している。バッドンボーンの警察チームもチームを所有し、昨年の3大全国大会の1つで優勝している強豪チームでもある。

警察署に入ると、地面にロープを埋め込んでライン代わりにしているバレーボールコートがあった。そのコート上から手を振って出迎えてくれた短パンに半袖シャツの40歳代の男性がいた。監督かなと思ってベンチに座って話し込んでいたら、後ろにいた通訳から署長だと紹介された。
(食後にフルーツが沢山出てきた。これは、ドリアン。表皮を剥くと黄色がかった果実が出てくる。食感は、クリーミーでねっとりしている。糖度は高い)

夜の食事時には、地元の川魚を沢山ご馳走になった。なまず、雷魚、ウナギの数々であったが、料理法が日本と違うので少し戸惑った。