2015年10月20日火曜日

20,Oct.2015   プノンペンの気温は・・・

10月に入って、こちらは1年の二季(雨季、乾季)のうちの乾季に入ろうとしています。雨は毎日、夕方に降りますが、5分から15分くらいで直ぐに上がります。

気温は、今の時期から3月頃までが日本の晩夏から初秋のようで大変過ごしやすいです。普段の私の服装は、アパートメントの中では、半パンにTシャツの軽装です。

今朝は、気温が24度で、涼しい位でした。日中の最高気温でも32~33度です。この1年間を振り返っても、最低気温が20度以下を記録したことはないです。窓を開けて風の通りを良くすると、気持のよい風が流れて、汗もかかず、クーラーは不要です。

2015年10月19日月曜日

19,Oct.2015   European Men's Volleyball Championship - 決勝戦

優勝は、フランスでした。それも初優勝です。今年のワールドリーグで金メダルを獲得したのに続いての快挙です。
By FIVB

1-2位 フランス - スロベニア 3 - 0 (25-19, 29-27, 29-27) 

フランスは、これでメダル獲得数が7個目となりました。1948年から欧州選手権大会に出場して、4個の銀メダル、2個の銅メダル、そして今回、金メダルを獲得しました。技術統計を見るとフランスのサービスポイントが6-1と圧倒しています。フランスのサーブはチーム戦術と個人戦術をミックスしたものです。同じフォームからの質の違うサーブの選択を行っています。日本チームにも参考になります。

3位決定戦は、実力のあるイタリアがブルガリアを一蹴しました。

3-4位 ブルガリア - イタリア 1 - 3 (20-25, 14-25, 25-23, 20-25)
By CEV

閉会式では、サプライズでブルガリアで最も人気のあるフォークシンガーのValya Balkanskaさんと バグパイププレーヤーのPetar Yanevさんによるライブがありました。歌は地球から宇宙へのメッセージという内容でした。歌声に透明感があり、ゆったりと響き渡る声を聴いていると、魂が古代の欧州に遡り、そして、そこから宇宙に飛翔し、空間に漂う感じがしました。

彼女の歌声はこちらから↓

https://www.youtube.com/watch?v=ETP6pGP6BO0&list=RDETP6pGP6BO0#t=11


<順位/最終>

1位 フランス
2位 スロベニア
3位 イタリア
4位 ブルガリア
5位 ポーランド
6位 ロシア
7位 セルビア
8位 ドイツ
9位 ベルギー
10位 オランダ
11位 エストニア
12位 フィンランド
13位 チェコ
14位 スロバキア
15位 クロアチア
16位 ベラルーシ

*他にも予選で敗退した国は39ヶ国。欧州選手権大会本戦に出場できるのは、欧州バレーボール連盟加盟55ヵ国から予選を勝ち上がった16ヶ国だけです。



2015年10月18日日曜日

18,Oct.2015   European Men's Volleyball Championship - 準決勝戦

欧州男子バレーボール選手権大会準決勝戦の結果が出ました。スロヴェニアとフランスが決勝に進みます。

第1試合のスロヴェニア - イタリアは、3 - 1 (25-13, 23-25, 25-20, 25-20)でスロヴェニアが初めての決勝に進出しました。第2試合のブルガリア - フランスは、2 - 3 (25-18, 25-22, 24-26, 21-25, 12-15) でフランスが勝利しました。
By FIVB
(ポーランドとの試合を見ました。スロヴェニアの選手は、パワーだけでなく一人一人が技も持っています)

特筆されるのは、スロヴェニア(世界ランク39位)です。スロヴェニアは、昨年の世界選手権王者のポーランドを、今年のワールドカップ2位でリオ・オリンピック出場権を獲得したイタリアを破っての決勝進出です。そして、明日の決勝(時差の関係で今夜遅く)は、今年のワールドリーグ王者のフランスとヨーロッパチャンピオンを決します。

スロヴェニアは、アルプス山脈の南端に位置し、人口206万人ほど、面積では日本の四国ほどの大きさの小国です。国民一人あたりのGDPは320万円ほどで、決して豊かな国ではありません。強さの秘密の1つは旧ユーゴスラビアから1991年に独立しましたが、ユーゴ時代からの政治力など、もともと組織マネジメント力があるようです。そして、新しい指揮官であるイタリア人のスーパースターであったジアーニの招聘です。

イタリア、クロアチア、ハンガリー、オーストリアに囲まれた風光明媚な国で、最近では隣国クロアチアへの日本からのチャーター便があることも手伝い、日本人観光客も増えていると聞いています。

スロヴェニアの欧州選手権大会での過去の最高成績は、9位が2回(2001年、2011年)だけでした。時差の関係で今夜遅くに、まず3位決定戦、その後に決勝戦があります。

スロヴェニアが優勝しなくとも、1991年に独立したあのような小国が世界のバレーボールの頂点ともいうべき欧州大会で、ここまで来たことは称賛に値します。スロヴェニアのスポーツ界で欧州大会の最高成績はハンドボールが2004年に準優勝したのみです。

カンボジアは、1人当たりのGDPが約31万円(月平均2万5千円)とまだまだ低く、ナショナルチームの強化費は、連盟から出ることはありません。政府のスポーツ省頼みから脱却して、連盟自体のマネジメントでスポンサーを募り、リーグ戦を新設し、良い試合を多くの観客に見せて入場収入を得ることが必要です。私も、現在、スポンサー獲得と連盟運営の質向上のために奮闘しているところです。

今は、弱小チームでも、工夫と努力で強くなれることをスロヴェニアは証明しました。1900年代にアルゼンチンから小男がイタリアに行き、クラブチームの指揮官になった時、周りのイタリア人は国内優勝は無理と言いました。しかし、彼はその当時他のクラブがほとんどやっていなかった筋トレを徹底してやり、優勝しました。ナショナルチームの監督になってもその方針でオリンピック以外の国際大会の金メダルを複数回獲得しました。その監督の名は現在母国アルゼンチンの男子監督に就任しているフリオ・べラスコ氏です。

そして、スロヴェニアの新監督のジアーニは、べラスコ氏が監督を務めていた当時のイタリア男子チームのスーパーエースで愛弟子です。近いうちに、師弟対決が国際大会で見ることができるのでしょうね。楽しみです。

 



 

17,Oct.2015    NHK スペシャル カンボジア・アンコール遺跡群

カンボジアに住んで1年と6ヶ月が過ぎましたが、実は、この私、まだアンコール・ワット遺跡の観光に行ったことがありません。

だいたいが、観光というものが性に合っていません。有名だから、高名だから、誰でも行くから、ということより、私の場合は、好奇心が湧かないと興味を持てない、だから行かない、とうパターンです。
By NHK

NHKが今夜のスペシャル番組でアンコール遺跡を取り上げてくれました。私としては、これでわざわざアンコール遺跡のあるシェムリアップと言う町まで行かずに、概要を知ることができるなと思いTVを見ました。

タイトルは『第1集  密林に消えた謎の大都市   ~カンボジア アンコール遺跡群~ 』  

 45分の番組を見終えての感想ですが、最近のヘリコプターによるレーザー調査など最新の科学技術を駆使したアプローチは、考古学の世界を飛躍的に発展させていますね。研究者たちは、過去の人達との対話を楽しんでいるようでした。

9世紀からおよそ600年にわたってインドシナ半島に栄えたアンコール王朝は、世界最大の石造寺院「アンコール・ワット」で知られ、その一帯は世界遺産にも登録されています。この番組でアンコール王朝の文明ことが少し解りました。

600近くも平和を築いたアンコール王朝の叡智もさりながら、私の好奇心は、その王朝が、なぜ密林の奥深く消えてしまっていたのか、その原因は何であったのか、そこに至りました。

謎の多い遺跡群を見に行きたくなりました。見に行くというより、その場所にいくことで、ひょっとしたらアンコール王朝の人間たちと会話できるかもしれません。私の普段のボンクラ頭脳も、時として霊感が働くときがありますので・・・(結局、冷汗で終わったりして・・・)。

成功には、成功した理由があります。失敗には、失敗した原因があります。私は、歴史を学ぶということは、これらの理由と原因を学ぶことであると思っています。

バレーボールの指導でも、この歴史を学ぶという姿勢は必要です。海外で指導する場合は、尚更です。歴史を学ぶということは、相手を良く知ること、理解することにつながります。

本日と明日、ブルガリアのソフィアで欧州男子バレーボール選手権大会の準決・決勝戦が繰り広げられます。注目は、初めてベスト8以上に進出してきたスロベニアです。今年3月に就任したばかりの若き指揮官であるジアーニと昨日リンクできました。
(最近のジアーニ)

彼には、大会後、是非とも快進撃の理由を聞きたいものです。

最後は、いつもバレーボールで終わってしまうのは良くも悪くも私の性分ですね・・・。





2015年10月17日土曜日

16,Oct.2015    We got your back

きょうは、”We got your back” と言う良い言葉を覚えました。
http://www6.nhk.or.jp/kokusaihoudou/abc/index.html
 
先週から、NHKのBS1で放映している「ABC ニュースアワー」を2年半振りに毎日見ています。見るだけでなく、ニュースキャスターの発音も真似てスムーズに言えるようになるまで繰り返しています。
 
コロラドのデンバーのある小学校の3年生担当の教師 (a third-grade teacher) が、生徒達に先生に知って欲しいことを書くという課題 (assigment: homework) を出しました。
 
課題は「私の先生が、こういうことを知っていたらなあ・・・(I wish my teacher knew・・・)」というものでした。I wish +(somebody)+動詞の過去形は、丁度英語学校で学習したところでしたので、すんなり頭に入りました。
 
ある生徒は「私は宿題をするための鉛筆をあまり持っていないことを、先生が知っていたなら・・・
(I wish my teacher knew I don't havepencils to do my homework.)」と書きました。
 
生徒達のほとんどは貧困家庭たちの子供達です。その教師は、生徒達をより良く理解しようとして、このような宿題を出したのでした。 
 
一緒に遊ぶ友達がほしいと知らせてくれた子供もいました(I wish my teacher knew that
I want a friend to play with me.)
 
その張り紙を見て「僕らがついているよ(“We got your back”)と声をかけた子がいました。
 
悩みや苦しみを表現し、「主張する」機会を得た子どもたちは、互いに助け合うようになりました。 
その教師は、感動してツイッターにそのことを載せると、同じような試みが全米に広がった、と言うことです。
 
幼い子供達でも、主張させることは大事です。私の知り合いの小学生バレー指導者は、今年の小学生バレーボール全国大会に初出場を果たしました。彼とメールで連絡を取りあっていましたら、以前は子供たちには、ほとんど発言させていなかったが、今回は子供達の意見を沢山聞いてあげたとメールを送ってきました。
 
かと思うと、プレミアリーグに所属しているあるチームの指導者は、まったく選手達の意見を聞く態度はなく、意見を言った選手は試合に出してもらえない、というような話も聞いています。
 
1964年東京オリンピックで金メダルを取った日本女子バレーの監督であった鬼の大松氏は、ビデオを見ると「俺についてこい」という寡黙で怖いイメージですが、実は「(黙って)俺についてこい」ではなかったのです。大松氏は、練習後には必ず主将であった河西さんに選手達の状況を聞き、選手達一人一人を大変気遣っていました。
 
大松氏のように話しを聞くだけでなく、それを選手達が納得できるように反応してあげる(フィードバック)ことが大事なことは言うまでもないことです。
 
東洋の魔女のチームにも、恐らく選手達の間には「私達がついているよ」という意識が浸透していたと思います。
 

15,Oct.2015    European Men's Volleyball Championship - ベスト4決定

ヨーロッパ男子選手権大会が熱いです。いよいよ今週末で準決勝、決勝が行われます。
by FIVB

注目の的は、スロベニア(世界ランク39位)です。欧州選手権大会で初めてベスト8の壁を破ったばかりか、昨年の世界選手権王者のポーランドを破って、ベスト4に進出しました。そして、イタリア。先月のワールドカップにてリオ・オリンピック出場決定したイタリアですが、伝統ある欧州選手権大会に出場してきました。イタリアは予選リーグでワールドリーグチャンピオンのフランスに敗退しましたが、2012年ロンドンオリンピック王者のロシアに勝利してベスト4に入りました。


ポーランド - スロベニア 2 - 3 (17-25, 19-25, 25-23, 25-19, 14-16)
ブルガリア - ドイツ 3 - 0
フランス - セルビア 3 - 1
ロシア - イタリア 0 - 3

今週の土・日にブルガリアのソフィアで準決勝と決勝が行われます。欧州は、世界のバレーボールルの列強各国が世界で最もひしめいている地域です。欧州の8強にUSA、ブラジルを加えたのが現在の男子バレー世界トップ勢力図です。アジアチャンピオンのイランは、今年に入って勢いが減速している状況ですので、外しました。

準決勝は、下記の通りです。

 スロベニア vs  イタリア
 ブルガリア vs  フランス

ここで、私が注目しているスロべニアという国について薀蓄(うんちく)を申しあげます。

スロベニアは、旧ユーゴスラビアから独立した国々の1つです。旧ユーゴスラビアは、1900年代初頭にできたユーゴスラビア王国がもともとの母体です。その後、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国になりました。英雄であったチトー大統領が亡くなってからは、求心力が亡くなって行き、1991年あたりから6つの共和国にそれぞれ独立していき、スロベニアもその時に独立しました。

ユーゴスラビアは、スラブ人の国家でした。スラブ人と一口に言っても正確には5つの民族(スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人)に分れます。言語は4つ(スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語)です。更に宗教は3つ(正教、カトリック、イスラム教)です。6つの共和国とはスロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニアです。

現在は、6つの共和国(スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア)に分れて独立しています。

そして、そのスロベニアの男子バレーボールの新監督に今年3月に就任したのが、アンドレア・ジアーニ(Andrea Giani:45歳、196cm)です。懐かしい名前です。彼は1900年代の世界の男子バレーボールを代表するイタリア・ナショナルチームのプレーヤーでした。

ポジションもミドルブロッカー(MB)、ウィングスパイカー(WS)、そしてオポジット(OP)と、セッターとリベロ以外は全てのポジションをこなしました。

国際大会での成績は、オリンピックでは金メダルだけ取れませんでしたが、1996年のアトランタで銀、2000年シドニーで銅、2004年アテネで銀を獲得しました。世界選手権では3連覇しました。ワールドリーグでは7回優勝。ワールドカップでは金、銀、銅の3個を獲得しました。彼は、その功績を認められて、2008年にバレーボール殿堂入りを果たしました。

イタリアバレーボール協会では、フリオ・べラスコ氏(元イタリア監督、前イラン監督、2014年から現アルゼンチン監督)、アンドレア・ガルディーニ氏に次ぐ3人目の殿堂入りでした。

指導者としての経歴は、2007年から国内でスタートしました。苦労しながら指導者としての実績を着実に積み重ねてきました。

そのジアーニさんと今夜、インターネットで連絡を取ってみました。どのような返事が来るでしょうか?スロベニアに監督として就任したいきさつなどを聞きたいですね。


 



2015年10月14日水曜日

14,Oct.2015   活動的なタイ・バレーボール協会

先月タイの首都バンコク市においてFIVB主催コーチコースが開催されたことは、こちらのブログからも報告した通りです。

コースを終えてプノンペンに帰るために空港までの車をホテルのロビーで待っていましたら、ジュニアスクール女子のバレーボールチームらしき一行が朝食のためにロビーに降りてきました。西洋人らしい顔かたちをしています。

さっそく、団長と思しき男性に挨拶しました。聞いてみると、ニュージーランドから1週間の予定で合宿にやって来たということです。ニュージーランドは日本と同じで四季があるが、お互いに北半球と南半球なので、季節がまるで反対だから、例えばどちらかが冬の時に夏である国に行くのは良いね、などと他愛もないことを話しました。

その後、タイ協会の役員がロビーに来たので、いろいろ聞いてみました。
(ニュージーランドとタイの中学生の集合写真)
(画像はアジア連盟のフェイスブックから。ニュージーランドとタイ地元中学チームとの練習試合)

今回のニュージーランド(愛称はKiwi)からの女子ジュニアチームは、1週間程度の合宿(training camp)で、バンコク市にある国際バレーボール連盟開発センター(FIVB Development Center:アジアに4ヵ所設置されている)付属の施設で行われる、と言っていました。

練習試合(friendly matches)の相手としては、バンコク市内、近郊のジュニアスクール(中学校)やスポーツ科のある中学校の4校が当たるということです。

今年も既に、3ヵ国(香港、日本、ニュージーランド)の中・高校チームと2ヵ国(モルジブ、オーストラリア)のナショナルチームを受け入れ、更に多くの国からタイに来て合宿練習を行いたいとの希望を頂いていると協会役員は胸を張って誇らしげに話してくれました。

FIVBバレーボール開発センターを数年前に開設し、更に昨年末にはアジアバレーボール連盟事務局が北京からバンコク市に移設され、タイバレーボール協会は、まさにアジアバレーボールの運営だけでなく交流においても中心(hub)になりました。

タイバレーボール協会の重鎮であるシャンリット氏に、タイバレーボール協会の活動を称賛しましたら、彼から次のような言葉が返ってきました。

「Mr.渡邉、我々のお手本は貴方の国である日本です。我々が若かった頃、日本のMr.松平(当時はアジア連盟会長)はじめ多くの日本人達から多くのことを学びました」。