2011年9月5日月曜日

9/4(日) 筑西市バレーボールクリニック開催

 今年で第3回を迎えたクリニック。折からの台風12号の影響を心配しながら、茨城県筑西市に車で向かった。御茶ノ水から1時間半、高速道路は日曜日ということで空いていて、会場の筑西市総合運動場に着いたのは8時。
 今回の参加者はママさん94名。講師はママさんに絶大の人気を誇る丸山由美さんと39歳で現役を続ける多治見麻子さん。私は進行役と講師でお手伝い。多治見さんとは、彼女が高校2年生のとき以来、20年振りで再会した。
 当時、10月の国民体育大会を終えると、全国の高校チームは新体制に移行する。八王子実践高校の新キャプテンは多治見麻子が任命された。監督の菊間先生には、私も顔を知られるようになっていた。11月の都大会の後、学校に行く機会を作った。そこで、菊間先生に提案したのは、フリーウエイトでのトレーニングと生徒一人一人に合ったシューズを作成することの2点であった。運動能力は高い実践の子たちではあったが、パワーがあればその能力はもっと磨かれると思ったからである。シューズの方は、全員のシューズが汚れていて、試合用と練習用とに分けて使っているとは思えない、つまりシューズに無頓着ではコート上でしっかりとしたステップを踏めないであろうと思ったからである。
 菊間先生は、その頃6,7年間、全国制覇から遠ざかっていた。何かアイデアでもあれば何でも取りあえずやってみようと思われたのであろうか、フリーウエイトの機材の納品は受け入れてくれた。シューズに関しては、キャプテンの多治見が良いと言ったら、やってくれと条件付きで受け入れてくれた。フリーウエイトの機材を納入し、トレーニング方法を説明し、シューズは、子供たちの足形を一人一人取り、子供たちの意見も取り入れてシューズを作成し、チームの改善を図った。結果、1月の春高バレー予選会を1位で突破し、3月の本大会では優勝を飾った。
 そんな思い出のある多治見選手と再会した。少し話していると、20年前に戻って「あさこ」と呼び捨てになっていた。麻子は、今回の主任講師である丸山由美さんに憧れてバレーボールを始めたと私に話してくれた。麻子は、どこのチームでバレーを続けるのであろうか。麻子、まだ39歳なんだね。私も、まだ59歳。やりたいことは、まだまだある。

2011年9月3日土曜日

9/3(土) 全国小学生バレー指導者二次講習会に挨拶

 例年、全国4~5会場で開催される講習会のトップを切って、私の地元である千葉県にて開催された。年度初めから、挨拶に来ていただきたいと、千葉県小学生連盟の理事長からも依頼されており、講師の日本掌小学生連盟理事長である工藤先生からも、会いましょうよ、と誘われていたので、少しだけの時間であるが顔を出した。
 会場は千葉市にあるJFAスチール(株)の「宮崎クラブ」という健康保健会館。 JFAスチールというのは、2003年に川崎製鉄とNKKが統合してできた会社で新日鉄に次いで日本第2位の製鉄会社。世界では第5位の営業規模を誇る。宮崎クラブというのは、千葉の川崎製鉄が保有している立派な研修施設。
 講習会はすでに始まっていた。役員室に通されるまでの間に千葉県小学生連盟の役員さん達から挨拶を受けた。過去に日体協指導員養成講習会で受講された顔なじみの方達が多かった。日本協会からは、新しく国内事業本部長に就任された下山先生が見えていた。講師室に通されて、下山先生、工藤先生、日本小連の山下総務委員長と挨拶を交わし、近況を10分ほど語り合って、その場を辞去した。
 夕方6時から、東京の東洋高校にて「さいかち会」という卒業した生徒の父母達で作る外郭団体の運営委員会がある。千葉市から電車で約1時間で東洋高校に着いた。役員会に出る前に、地下の体育館で練習している男子バレー部に顔を出した。国体の関東ブロック代表も先週決めている。インターハイの雪辱を子供たちと共に誓い合って、その後、役員会に出席した。これから1年間、この会の副会長を務める。しかし、土曜日のこの時間帯に会議とは、ちと辛い。明日の筑西市でのクリニックのために、この日は役員達と反省会(飲み会)もしないで、早々と帰宅した。
 明日には、雨も止んでいてほしい・・・。

9/1(木) もう9月・・・

 8月は休みもなく、疲労も蓄積した。インターハイに始まり、ダブルの講習会で終わった。ここらで2日続けてのお休みが欲しいところであるが、今週を乗り切ればそれも可能になるかな?
 今週末の4日(日)は、茨城県筑西市総合体育館にて第3回のママさん94名対象のクリニックを開催する。講師は丸山由美さん、現役選手の多治見麻子さん、そして私も進行役をやりながらお手伝いをする。心配は、速度の遅い台風12号。3日までに本州を通過してくれれば良いのだが、雨量が異常に多く心配している。
 台風よ、速度を上げて、早う通過せんか!

8/31(水) 千葉県名産に泥鰌とハンマーが追加?

千葉県名産は南京豆(ピーナッツ)ではないか?その通り!そして、新たにタイトルの2品が加わった。
 泥鰌とは「どじょう」と読む。民主党の新党首で新総理大臣に任命される千葉県船橋市から選出された野田さんのこと。千葉県としても、初めての総理大臣を輩出することになる。野田さんは、地元の県立船橋高校(地元の人は、「けんふな」と呼ぶ。「いちふな」はスポーツで名高い市立船橋高校のこと)出身で、現在の船橋市長は同校の柔道部で15年先輩にあたる。野田さんの弟さんは船橋市議である。歴史が野田総理大臣を産んだ、と私は思っている。そして野田さんは、意外にも(失礼!)「震災復興と原発問題」の2大責務をやりとげるかもしれない。アメリカとも上手に連携して沖縄基地問題も沖縄住民の民意を取りつけてくれるかもしれない。今は、泥にまみれた「どじょっ子」でも、大泥鰌に成長して頂きたい。但し、野田さんはお酒が大好きらしいですが、大泥酔は、今後控えてほしいですね。
 ハンマーとは、ハンマーを投げて昨日の世界選手権で金メダルを取った室伏選手のことである。彼の出身校は千葉県にある成田高校。陸上の強い学校である。マラソンの増田明美さんもここの出身である。室伏選手は、私が勤務する会社の社員でもある。平常は中京大学にてトレーニングしているが、時々会社にも現れる。
 彼のお母さんと会ったことがある。1980年モスクワ・オリンピックが開催された。日本はUSAと一緒に参加をボイコットした。私の勤務している会社は世界で社名を宣伝する初めてのビッグイベント参加のために社員を10名ほど送り込んだ。入社して2年目の私もその中に選ばれ、羽田空港からモスクワに飛んだ。同じ飛行機に室伏選手のお母さんであるセラフィナさんが搭乗していた。お母さんは、確かルーマニアのやり投げのチャンピオンであった。セラフィナさんとは、フランス語で会話した記憶がある。室伏選手は、その時5,6歳であったろう。親父さんはハンマーを投げ、お母さんはヤリを投げ、本人も投げやりにならず、投擲(とうてき)種目を選んだ(選ばざるを得なかったかもしれない?)。
 野田さんは、おやじギャグが得意ということだ。野田さんに倣(なら)って、私も一つ・・・。
 千葉県は名産を生む土壌(どじょう)があるのです。お後がよろしいようで・・・。♪テケ・テン・テン・・・♪

2011年9月1日木曜日

8/30(火) 日体協公認指導員養成講習会in千葉県 終了

 4日間という短い期間であったが、朝から夜まで計30時間の講習会を終了した。今日は、30時間終了した後に、最後の実技検定を行った。
 皆さん、社会人になって、久しぶりの試験とあって、結構緊張していた。コートを6分割して各ゾーンにサーブを入れるコントロール試験を行った。各ゾーンに2回ずつ入れるのであるが、大学を出たばかりの受講生であっても、30名の受講者の中で最高は10回であった。
 もう一つの実技試験は、受講者1人対3人のレシーブ。昨日はモデルで今夏のインターハイベスト16の敬愛学園女子バレー部21名の高校生がいたが、きょうは受講生同士でのレシーブとなり、レシーブ役の受講者は、ときどき足がもつれる場面もあった。怪我人がなかったので、幸いであった。
 午後4時には、閉講式を終え、体育館と講義室、役員室を清掃し、お手伝い頂いた千葉県と船橋市の家庭婦人連連盟の役員さん達にお礼の言葉を述べて会場の船橋市総合体育館を後にした。
 夕方からは、毎火曜日活動している我がソフトバレークラブの練習に行った。今夜はいつになく参加者が多く、20歳代から75歳まで、30名ほどいた。体は疲れていたが、仲間とのソフトバレーは楽しい。明日は会社で眠ってしまうかもしれない・・・。

8/29(月) 日体協公認指導員養成講習会in千葉県

 表記の講習会の3回目。受講者には、今日のような平日を講習日とすることを避けたかった。しかし、3.11の震災での影響などがあり、土日での開催は調整会議でも努力したが取れなかった。それでも、30名の受講申込者がいたことには感謝したい。
 今日の講師には、2週間前に新潟県で開催されたFIVB(国際バレーボール連盟)コーチコースの主任講師でもあった足立さんを招聘した。千葉県では2年前の講習会に引き続いての講師依頼であった。足立さんは、現在日本人として唯一現役のFIVB公認インストラクター(講師2級)である。以前は、ミュンヘン金メダリスト監督の松平康隆氏、世界にバレーの基本を確立した豊田博先生がいらしたが、現在は講師3級、つまり名誉インストラクターとなっており、現役日本人インストラクターは、足立さんしかいない。足立さんは、宮崎県の高鍋高校を卒業した後、単身USAに渡り、奨学金を受けながら大学でバレーを続けた。その後、プロ選手として活躍し、スイスに行き大学の講師、クラブチームの指導、更にフランスに行き大学の教師やナショナルチームの指導に携わり、FIVBの講師としてかれこれ30カ国で講習会を開催している。
 足立さんの英語は、ジャパニーズ・イングリッシュ丸出しで、我々日本人には非常に分かりやすい。まるでカタカナ読みしているような発音と中学生レベルの文法の英語で話してくれる。足立さんに、先日そのことを聞いてみた。そうしたら、次のような返事が笑みとともに返ってきた。「渡邉さん、日本人には日本人が判るような発音を敢えてしているのです」。しかし、日本人以外に巻き舌の米語を使っている現場を私は聞いたことはない。どこの外国人に対してもジャパニーズ・イングリッシュである。「渡邉さん、通じればよいのですよ」そんな感じの煙に巻かれた足立イングリッシュである。
 受講者には、足立さんの講義と実技指導は十分納得できた、と大好評であった。FC東京総監督で専修大学教授の吉田先生は第2回目の講師であったが、この方も足立さんに陶酔している。Vプレミアの監督さん達にも足立さんの信奉者が多いと聞いた。
(画像は、Mr.足立。この人を日本国内の講習会でも活躍して頂くようにしていくのが私の任務。良いものは良い、ということを認識して頂かなくてはならない。足立さんは、この8月から、動画を用いて、月2回のパソコン通信でのライブ講習会を始めた。申し込みの会員は、すでに50名を突破したようだ。より良い指導者を目指す人達は、まだまだいるようだ) 
 

8/28(日) JVA指導普及委員会主催の指導者研修会

 毎年この時期に開催されるのが、明治学院大学を会場にして行われている公認指導者研修会。例年は、JVA公認講師の研修会と併設されて開催されるのであるが、今年は、日体協公認コーチ・上級コーチの指導者対象のみの研修会となった。公認講師対象の研修会中止の理由は、JVAが7月に突然提案してきた「公認講師、は70歳定年制」と関係しているようだ。
 本日の講師の一人である中村四郎先生からは、「このような定年制には絶対反対である」と受講者に檄が飛ばされた。審判員は年を取れば視力がボールのスピードに追い付けなくなるので、審判員に対する定年制(名誉審判員と称される)の理由は理解できる。しかし、指導者は一生指導者である。どこの世界に指導者が70歳で定年なんて規定があるか!中村先生の怒りは、その後の懇親会でも収まらなかった。
 研修会は、明日もあるが、明日は千葉県協会にて日本体育協会から委託されている「公認指導者養成講習会」の3回目と4回目が開催される。そして、私がその運営責任者だ。明日は、JVA研修会は欠席する。