春高バレー、福島県女子代表が決まった。
【女子決勝】
磐城第一 - 郡山女大付 3 - 1
(25-21, 25-15, 24-26, 25-21)
※磐城第一は初
磐城第一の監督の菊池先生は、以前男子バレー部監督で春高バレーに出場している。男女のバレーを指導して全国大会に出場させる指導者は珍しい。
菊池先生とは、6年前に茨城県立日立女子二高を会場にしての練習試合で知り合った。私はその当時、山梨県内の女子バレー部のアドバイザーとしてチームを指導していた。当時の先生のチームは福島県内でベスト4レベルであった。山梨県のチームは、全国常連のチームであった。練習試合では山梨県のチームに1セットも取れなかった。時には、山梨県のチームがブロックをしない布陣を敷いたが、それでも先生のチームは1セットも奪えなかった。相当ショックであったと思う。
しかし、そのことが、逆に先生を燃え立たせたのであろう。なんで勝てないんだ?その当時すでにベテランの指導者であった先生は、なりふり構わず私に問うてきた。
その後、先生と私の付き合いが始まった。いわき市バレーボール協会主催のバレー教室に講師で招待されたこともあった。先生の母校の東海大学出身者が指導者のチームが全国から集まってのの強化大会には私も特別コーチでチームと一緒に出場した。その時に初優勝した。それからチーム力は徐々に上がって行った。東北大会でも2番手まで実力をつけて行った。
そして、2011年のあの震災で、チームは沈んだ。部員の家屋が破壊されたり、部員の親戚を亡くしたり、練習どころではなかった。練習会場も避難者に提供したので練習する場もなくなった。県大会でベスト8にも入れなくなった。それでも、先生は「女子バレーでも全国大会に行くんだ」とあきらめなかった。
今年で60歳になる。春高バレーの会場で再会するのが今から楽しみだ。
2014年11月23日日曜日
21,Nov.2014 さあ...プノンペンに帰るぞ
本日の夕方にBangkok(バンコク)からPhnom Penh(プノンペン)に帰ってきた。
1人で行動していると、色々なことを経験する。人に依頼してやって頂いていたら経験できないことは多い。
今回、Thailand(タイランド)に飛ぶ前に、Phnom PenhにあるThailand 大使館に行った。Visa(ビザ:入国許可証;査証)の申請のためである。日本人がThailandに30日間以内の滞在する場合には、Visaは不要だと認識していたが、日本からThailandに入国するのではなく、Cambodia(カンボジア)に6ヵ月間住んでいる日本人が入国するであるから、ひょっとしたら必要なのかなと思い大使館に行った。
結論は、あっさりと「あなたの場合は不要です」と言われた。結論は、私の場合には、まあそれでよいのであるが、この国の一般の人にとっては、Visaを取得するのには、まる1日かかる作業であることが大使館に行ってみてわかった。受付時間もきちんと守られていない。訪問する前に昼ごろに電話をして受付時間帯を確認しようとしても誰も電話口に出てくれない、留守電も出ない。
自分で経験してみないと本当にわからないことが多い。今度はThailandの空港から飛行機に乗る直前に新たな経験をした。往復の飛行機はThailand Volleyball 協会のスポンサーである航空会社を利用した。Thailandへの行きでは荷物を預けなかった。帰りでは、荷物を預けた。小さなキャリーバックである。
いざ、搭乗という時間になって、搭乗カウンターのところまで来たら小荷物代(14kgで3千円ほど)を要求された。それも支払いはThaiの通貨であるバーツでの支払いという。出発まで5分。慌てて片道10分かけて両替所に行きUS㌦とThaiバーツを交換した。
搭乗カウンターまで来て支払いを済ませたら、そこでやっと小さな搭乗券を発行された。ここで全て合点した。最初の受付カウンターで搭乗券を確認しなかった私の不注意もあるが、荷物を預けるのに、それも重量オーバーではない、キャリーバッグ1個でも預かり料を取られることは初めての経験である。
これも経験である。搭乗した飛行機には、機内サービスもなく、狭い席で脚も組めない。次回からは別の航空会社にしようとその時、心に決めた。そして、航空券を購入する前に手荷物を無料で預けることができるのか、機内サービスはあるのか、しっかりと確認しよう。
私のチームのほとんどの選手達は、まだ飛行機に乗ったことはないと思う。平均身長186cmの男たちが、長い脚を折りたたんで機内の狭くて小さな椅子に座っている拷問のような光景を空想したら思わず微笑んでしまった。
「2,3時間以内で東南アジアのどこの国にも行けるのだから、少しの間、辛抱せい」というしかない
なあ。日本に連れて行く日は、日本の飛行機会社のゆったりとした席のある飛行機に乗せてやりたいなあ。
チームの海外遠征はいつになるのであろう。決まったとしても移動手段は普段乗っている小さなぎゅうぎゅう詰めのマイクロバスだろうなあ・・・。タイのホテルでみかけたThailand国内のどこかの普通のサッカークラブチームが乗っていたような大型バスで移動できるような環境を、まずは作りたい・・・。
| (今回のセミナーの修了証。来年度は、タイランド協会としては「レシーブ」のセミナーを開催する予定という。1年に1回はリフレッシュのためにもこのようなセミナーに出席してみたい。来年度は、更にFIVB公認コーチレベルⅢの受講も考えている。そしてFIVB公認インストラクターの道を歩んで行きたい) |
1人で行動していると、色々なことを経験する。人に依頼してやって頂いていたら経験できないことは多い。
今回、Thailand(タイランド)に飛ぶ前に、Phnom PenhにあるThailand 大使館に行った。Visa(ビザ:入国許可証;査証)の申請のためである。日本人がThailandに30日間以内の滞在する場合には、Visaは不要だと認識していたが、日本からThailandに入国するのではなく、Cambodia(カンボジア)に6ヵ月間住んでいる日本人が入国するであるから、ひょっとしたら必要なのかなと思い大使館に行った。
結論は、あっさりと「あなたの場合は不要です」と言われた。結論は、私の場合には、まあそれでよいのであるが、この国の一般の人にとっては、Visaを取得するのには、まる1日かかる作業であることが大使館に行ってみてわかった。受付時間もきちんと守られていない。訪問する前に昼ごろに電話をして受付時間帯を確認しようとしても誰も電話口に出てくれない、留守電も出ない。
| (タイ空港内の受付カウンターに行く前に昼食を採った。新宿でよく見かけたトンカツ屋さんがあったので、カツカレーを注文した。おお...日本の味だ) |
自分で経験してみないと本当にわからないことが多い。今度はThailandの空港から飛行機に乗る直前に新たな経験をした。往復の飛行機はThailand Volleyball 協会のスポンサーである航空会社を利用した。Thailandへの行きでは荷物を預けなかった。帰りでは、荷物を預けた。小さなキャリーバックである。
いざ、搭乗という時間になって、搭乗カウンターのところまで来たら小荷物代(14kgで3千円ほど)を要求された。それも支払いはThaiの通貨であるバーツでの支払いという。出発まで5分。慌てて片道10分かけて両替所に行きUS㌦とThaiバーツを交換した。
搭乗カウンターまで来て支払いを済ませたら、そこでやっと小さな搭乗券を発行された。ここで全て合点した。最初の受付カウンターで搭乗券を確認しなかった私の不注意もあるが、荷物を預けるのに、それも重量オーバーではない、キャリーバッグ1個でも預かり料を取られることは初めての経験である。
これも経験である。搭乗した飛行機には、機内サービスもなく、狭い席で脚も組めない。次回からは別の航空会社にしようとその時、心に決めた。そして、航空券を購入する前に手荷物を無料で預けることができるのか、機内サービスはあるのか、しっかりと確認しよう。
私のチームのほとんどの選手達は、まだ飛行機に乗ったことはないと思う。平均身長186cmの男たちが、長い脚を折りたたんで機内の狭くて小さな椅子に座っている拷問のような光景を空想したら思わず微笑んでしまった。
「2,3時間以内で東南アジアのどこの国にも行けるのだから、少しの間、辛抱せい」というしかない
なあ。日本に連れて行く日は、日本の飛行機会社のゆったりとした席のある飛行機に乗せてやりたいなあ。
| (私の宿泊していたホテルは、廻りにスポーツ施設が多く、この時期は、スポーツ合宿のような感じで多くのスポーツ・チームが宿泊している。私と入れ替わりに丁度2階建ての大型バスが到着した) |
チームの海外遠征はいつになるのであろう。決まったとしても移動手段は普段乗っている小さなぎゅうぎゅう詰めのマイクロバスだろうなあ・・・。タイのホテルでみかけたThailand国内のどこかの普通のサッカークラブチームが乗っていたような大型バスで移動できるような環境を、まずは作りたい・・・。
2014年11月21日金曜日
20,Nov.2014 FIVB Technical Seminar "SETTING" 修了
本日で、5日間のFIVB国際バレーボール連盟主催の技術講座「セッター育成」が修了した。
このセミナーには、修了試験がない。その代り、毎日の出席状況、遅刻、受講態度に関して主催者側から厳しくチェックされている。セミナー開始当初、タイ人の受講者の中には、遅刻して来る者、用事でどこかに外出してから来る者、休む者、講義中に携帯をいじっている者、寝ている者もいた。
遅れて来ても、交通事情とか、急な病気とかある。その理由を言えば良いのであるが、言わないのが習慣なのか、当たり前のようだ。遅刻してきても、謝らない、理由を言わない、用事があっても事前に伝えない、というところがある。その点は、カンボジア人も同じである。
講師のDr.ジャロッタは、大学の教員でもある。この点に関しては、彼は、初日にピシャッと注意した。さすがである。いや・・・教師であれば、当たり前か。彼は、ソフトに、しかし厳しく注意する。2日目からは、遅刻する者、携帯をいじっている者はいなくなった。
理由を述べて注意すれば、彼らは理解できる。時間を守ること、事前・途中・事後の連絡というコミュニケーションの必要性、整理(ボールはボール籠に入れておく)・整頓・清潔の保持、安全性への配慮など、なぜこのようなことを守る必要性があるのかを説明すれば、彼ら東南アジアの人達は理解してくれる。
カンボジアナショナルチームの最初の合宿でも、注意したのは時間の厳守。9:00練習スタートということは、9:00には練習をすぐ始められる体制にしていることであり、9:00に練習会場に着く時間ではないよ、ということを指導した。
おっと、話がそれてしまった。
午後にグループ発表があり、5:00からは報道関係者も集まり、Closing Ceremonyが始まった。
修了式を終え、海外から来た受講者たちは、それぞれショッピングなどに出かけた。私もイスラム街散策など誘われたが、ここのところ寝不足が続いたので、ホテルで休むことにした。
夕食は、近くのセブンイレブンで買ってきた。物価は安く、全部で100バーツ(320円)で済んだ。その後、ホテルの近くにあるタイ式マッサージ店に行った。フットマッサージ(1時間600円)は、気持ちよくウトウトした。ついでに、肩と背中(これも1時間600円)もやってもらった。しかし、これが、間違いであった。マッサージのお姉さんの秘技には、思わず悲鳴をあげそうになった。
その秘技とは、肘で筋肉の間をグリグリするマッサージである。これは、拷問以外の何物でもない。しかし、日本男児は、このような場合でも、にっこり微笑み、じっと耐えねばならない。・・・明日はプノンペンに帰る。プノンペンの行きつけのマッサージ店に行って、「飲み直し」ならぬ「揉み直し」をしよう。
マッサージ店に行って、余計肩が凝ってしまったの巻であった。
このセミナーには、修了試験がない。その代り、毎日の出席状況、遅刻、受講態度に関して主催者側から厳しくチェックされている。セミナー開始当初、タイ人の受講者の中には、遅刻して来る者、用事でどこかに外出してから来る者、休む者、講義中に携帯をいじっている者、寝ている者もいた。
遅れて来ても、交通事情とか、急な病気とかある。その理由を言えば良いのであるが、言わないのが習慣なのか、当たり前のようだ。遅刻してきても、謝らない、理由を言わない、用事があっても事前に伝えない、というところがある。その点は、カンボジア人も同じである。
講師のDr.ジャロッタは、大学の教員でもある。この点に関しては、彼は、初日にピシャッと注意した。さすがである。いや・・・教師であれば、当たり前か。彼は、ソフトに、しかし厳しく注意する。2日目からは、遅刻する者、携帯をいじっている者はいなくなった。
理由を述べて注意すれば、彼らは理解できる。時間を守ること、事前・途中・事後の連絡というコミュニケーションの必要性、整理(ボールはボール籠に入れておく)・整頓・清潔の保持、安全性への配慮など、なぜこのようなことを守る必要性があるのかを説明すれば、彼ら東南アジアの人達は理解してくれる。
カンボジアナショナルチームの最初の合宿でも、注意したのは時間の厳守。9:00練習スタートということは、9:00には練習をすぐ始められる体制にしていることであり、9:00に練習会場に着く時間ではないよ、ということを指導した。
おっと、話がそれてしまった。
| (今回のモデルは、タイランドで合宿中のベトナムからやって来た男女クラブチームにお手伝いして頂いた。 男女チームと受講者が一緒に記念撮影) |
午後にグループ発表があり、5:00からは報道関係者も集まり、Closing Ceremonyが始まった。
| (タイランド・バレーボール協会の会長から受講者一人一人に修了証が手渡されて記念写真) |
日本では、修了証授与する時に、一般的であるが、時間の節約もあり、代表者に授与して終える。
こちらでは、主催者が一人一人に授与し、その都度記念撮影する。時間はかかるが、なかなか良いシステムである。修了式を終え、海外から来た受講者たちは、それぞれショッピングなどに出かけた。私もイスラム街散策など誘われたが、ここのところ寝不足が続いたので、ホテルで休むことにした。
| (バンコク市内にはセブンイレブンはじめ日本のコンビニが多い) |
夕食は、近くのセブンイレブンで買ってきた。物価は安く、全部で100バーツ(320円)で済んだ。その後、ホテルの近くにあるタイ式マッサージ店に行った。フットマッサージ(1時間600円)は、気持ちよくウトウトした。ついでに、肩と背中(これも1時間600円)もやってもらった。しかし、これが、間違いであった。マッサージのお姉さんの秘技には、思わず悲鳴をあげそうになった。
その秘技とは、肘で筋肉の間をグリグリするマッサージである。これは、拷問以外の何物でもない。しかし、日本男児は、このような場合でも、にっこり微笑み、じっと耐えねばならない。・・・明日はプノンペンに帰る。プノンペンの行きつけのマッサージ店に行って、「飲み直し」ならぬ「揉み直し」をしよう。
マッサージ店に行って、余計肩が凝ってしまったの巻であった。
2014年11月20日木曜日
19,Nov.2014 Seminar in Bangkok - Day 4
午前中の理論の時間は、若いタイ人コーチたちにはつまらなそうであったが、午後の実技の時間になると元気になっている。
夜には、タイランド協会が、ウエルカムパーティを開いてくれた。協会会長、専務理事も同席し、専務理事自らまずタイの歌を数曲披露。拍手すると、またもう1曲と、ご本人はサービスのつもりで結局オープニングから5曲歌い続けた。
私も、日本人として負けてはいられない。日本の歌を「骨まで愛して」「はなみずき」と歌っていった。いつも私と行動を一緒にしているオマーンとモルディブから来た受講者にはダンサーを無理やり務めさせた。
| (会場になっている大学の施設の1つであるスポーツ事務所。2階が研修施設、3階にバレーとバスケットの観客付のコートがある。つまり、ここがFIVBタイランドのバレーボール普及センターとなっている。昼食と夕食もここでケータリングで採っている) |
| (玄関にある、現在の催し物のお知らせ) |
| (上肢の指、手首、肘だけを使ってのセッターの特別練習) |
| (ライト方向にも上げる。この時、ボールを捉える位置に注意。右目、右肩、右腰の一直線上でボールを捉えることが大事。そのことで、体の面はレフト(#4)を向いているものの、相手のブロッカーが味方レフトの正面に移動したら、すかさず右肩上からライト方向にセットする。 |
| (パーティ会場の玄関前には像のレプリカが置かれていた。牙だけは本物であった。いわゆる象牙である。最近この牙の売買のために像が密猟者に乱獲されているようだ) |
2014年11月19日水曜日
18,Nov.2014 Seminar in Bangkok - Day 3
今の自分が最高ではない。更に高みに行ける。
受講者の平均年齢は、30歳前後である。海外から参加した受講者(モルディブ、オマーン、台湾、ベトナム)は、ナショナルチームの監督、自国のプロチームの監督などを経てきているので、年齢も40歳代が多い。私は、いつものように最高齢である。
日本でもそうだが、50歳あたりを過ぎると、セミナーやワークショップ(研修会)などに参加する人は少ない。実は、この年代から、ますます指導技術に磨きがかかってくるものと私は思っている。経験と知識は、今が最高ではない。これからが最高になっていく。今が、最高、完璧と思ったら、そこでその人の能力は停滞する。私は、そう思っている。
芸術家は自分の直近に完成した作品の評価を聞かれて次のように応えるであろう。
「今回の作品が最高傑作とは思わない。次に完成する作品が、私の最高傑作になるでしょう」
創作というのは、その繰り返しなんでしょうね。
スポーツにおいての指導も同じと私は思っている。今が最高ではない。自分はまだまだ成長できる。自分が成長すれば、プレーヤーも成長できる。
歳だからもういいだろう・・・、ではなく、歳だから今までの経験と知識を生かして更に高みに行くことができる。もっと高いところに行って違う光景をみてみたい。
受講者の平均年齢は、30歳前後である。海外から参加した受講者(モルディブ、オマーン、台湾、ベトナム)は、ナショナルチームの監督、自国のプロチームの監督などを経てきているので、年齢も40歳代が多い。私は、いつものように最高齢である。
日本でもそうだが、50歳あたりを過ぎると、セミナーやワークショップ(研修会)などに参加する人は少ない。実は、この年代から、ますます指導技術に磨きがかかってくるものと私は思っている。経験と知識は、今が最高ではない。これからが最高になっていく。今が、最高、完璧と思ったら、そこでその人の能力は停滞する。私は、そう思っている。
| (セミナーの会場は、タイランドで以前アジア大会が開催された地域の中にある。 この地域はスポーツ・文化・学園都市という雰囲気を持っている。広大な敷地にタイランド最高学府の大学の施設も点在している。セミナー会場にある体育館は3階にある。他にもこのような会場が数か所ある。木の床の体育館があるなんて羨ましい。カンボジアには1つしかない。タイランドとカンボジアのスポーツ環境はあまりにも違いすぎる) |
芸術家は自分の直近に完成した作品の評価を聞かれて次のように応えるであろう。
「今回の作品が最高傑作とは思わない。次に完成する作品が、私の最高傑作になるでしょう」
創作というのは、その繰り返しなんでしょうね。
スポーツにおいての指導も同じと私は思っている。今が最高ではない。自分はまだまだ成長できる。自分が成長すれば、プレーヤーも成長できる。
歳だからもういいだろう・・・、ではなく、歳だから今までの経験と知識を生かして更に高みに行くことができる。もっと高いところに行って違う光景をみてみたい。
| (講師のDr.ドウサン・ジャロッタ、 54歳。出身はチェコで選手として、ジュニアの監督として活躍し、現在はスイスに住んで大学の教員をしている。私にとって、セッター理論を外国人から聞くのはこれが2人目だ。皆、視点が違っていて面白い) |
2014年11月17日月曜日
17,Nov.2014 日本から訃報が届いた
春高バレー東京都予選会が終了したその夜、東亜学園監督の小磯先生が亡くなった。
第3代表の切符を東洋高校と戦い手中にしたその夜のことである。心筋梗塞ということであった。
10数年前にも前監督の馬橋先生を亡くされている。馬橋先生と同年代の50歳前後と思う。
哀しい・・・。
故人のご冥福をお祈りします。
合掌
第3代表の切符を東洋高校と戦い手中にしたその夜のことである。心筋梗塞ということであった。
10数年前にも前監督の馬橋先生を亡くされている。馬橋先生と同年代の50歳前後と思う。
哀しい・・・。
故人のご冥福をお祈りします。
合掌
2014年11月16日日曜日
16,Nov.2014 バンコク 2日目
FIVB国際バレーボール連盟主催のセミナー「セッター育成」の初日が始まった。
講師はチェコ人の大学の教授。ジュニアチームでウイングアタッカー(サイドスパイカー)で活躍して後、セッターに転向した、と本人が述べていた。
セッターというポジションはリベロやミドルブロッカーと並んで特殊なポジションである。なおかつ、指導が難しい。セッターを経験していなければ、セッターの指導法を語ることは難しいであろう。
答えは、同じチームメイトの猫田さんであった。理由は、自分の打ちやすいトスを、それもノーブロックの状態で上げてくれるんだから、最高のセッターですよ、というものであった。西本さんは、更に語った。相手のブロッカーを翻弄するような、つまり英語で言うとfake(フェイク:だます)するようなセッターは、当時たくさんいた。猫田さんは、それもできたかもしれないが、それよりもスパイカーの好みを知って、常に打ちやすいボールを上げてくれた。理想のセッターは猫田さんです。そう彼は言い切った。
全日本女子で、やはりミドルプレイヤーをやった石田京子さん(知っている人は相当のバレー通でしょうね)にも、ある晩、バレーボール教室をいっしょにやった後に少しお酒を飲ませて語らせた。
理想のセッターは?彼女は答えた。
「理想のセッターは、先輩の松田さんとか江上さんよね。でもね、ちょっとナベさんどこ見ているの?ちゃんと聞いている?」
「はいはい、聞いていますよ~」
「だから、その『聞いていますよ~』って語尾の長いのは何よそれ? 真面目に聞いて!」
「はいはい」
「だから、返事は1回でいいの。ハイ!でいいの!」
「はい、わかりました!はいはい・・・」
「だから・・・いま言ったでしょう?」
まあ、以上のような問答が延々と続いた夜もありました。・・・それで理想のセッターは?
「理想のセッター? セッターが若い時は、私たちベテランのお姉さまミドルスパイカーたちがセッターに合わせてあげたの。若いセッターは私たちを使えないんだから、私たちのほうから彼女が使い易いようにタイミングを合わせてあげたのよ。苦労したわ・・・。でも。その後、彼女も20歳を過ぎてから良いセッターになっていたわね。だからね、ナベさん、聞いてる? セッターを育てたのは私たちMB(センタースパイカー)なのよ。ねえ・・・聞いている?眼が半分閉じかかっているよ~」
まったく、全日本女子の選手は酒にも強い。お酒に強い全日本女子選手の番付けをすると・・・おっと、この話題は、また別の時に・・・。
| (タイランドバレーボール協会の会長、専務理事、FIVBの理事とアジア連盟の理事でもあるシャンリット氏、そして講師。シャンリット氏からは、現在の東南アジア、そしてアジアの置かれている現状が切々と語られた。気のせいか、私の方を見てお話しているようでもあった。) |
講師はチェコ人の大学の教授。ジュニアチームでウイングアタッカー(サイドスパイカー)で活躍して後、セッターに転向した、と本人が述べていた。
| (受講者の記念写真。前列が海外からの受講者。台湾、モルディブ、オマーンから各1名、ベトナム3名そして日本というかカンボジアからというか私の計7名に開催地のタイランドから11名の総計18名の受講者) |
セッターというポジションはリベロやミドルブロッカーと並んで特殊なポジションである。なおかつ、指導が難しい。セッターを経験していなければ、セッターの指導法を語ることは難しいであろう。
答えは、同じチームメイトの猫田さんであった。理由は、自分の打ちやすいトスを、それもノーブロックの状態で上げてくれるんだから、最高のセッターですよ、というものであった。西本さんは、更に語った。相手のブロッカーを翻弄するような、つまり英語で言うとfake(フェイク:だます)するようなセッターは、当時たくさんいた。猫田さんは、それもできたかもしれないが、それよりもスパイカーの好みを知って、常に打ちやすいボールを上げてくれた。理想のセッターは猫田さんです。そう彼は言い切った。
全日本女子で、やはりミドルプレイヤーをやった石田京子さん(知っている人は相当のバレー通でしょうね)にも、ある晩、バレーボール教室をいっしょにやった後に少しお酒を飲ませて語らせた。
理想のセッターは?彼女は答えた。
「理想のセッターは、先輩の松田さんとか江上さんよね。でもね、ちょっとナベさんどこ見ているの?ちゃんと聞いている?」
「はいはい、聞いていますよ~」
「だから、その『聞いていますよ~』って語尾の長いのは何よそれ? 真面目に聞いて!」
「はいはい」
「だから、返事は1回でいいの。ハイ!でいいの!」
「はい、わかりました!はいはい・・・」
「だから・・・いま言ったでしょう?」
まあ、以上のような問答が延々と続いた夜もありました。・・・それで理想のセッターは?
「理想のセッター? セッターが若い時は、私たちベテランのお姉さまミドルスパイカーたちがセッターに合わせてあげたの。若いセッターは私たちを使えないんだから、私たちのほうから彼女が使い易いようにタイミングを合わせてあげたのよ。苦労したわ・・・。でも。その後、彼女も20歳を過ぎてから良いセッターになっていたわね。だからね、ナベさん、聞いてる? セッターを育てたのは私たちMB(センタースパイカー)なのよ。ねえ・・・聞いている?眼が半分閉じかかっているよ~」
まったく、全日本女子の選手は酒にも強い。お酒に強い全日本女子選手の番付けをすると・・・おっと、この話題は、また別の時に・・・。
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