2011年6月9日木曜日

6/6(月) 大学院の同期会inお茶の水



 2006年に一念発起して、大学院に進学した。第4期生としての11名の仲間は多士済々であった。アテネオリンピック元選手、現役選手、コーチ、監督、教員、大学職員、JOC職員、高校教員中途退職者、教育委員会職員など、平均年齢は37歳で、私が最年長の54歳。この日は、5年かけて修了予定までこぎつけた最後の仲間の激励会(ほぼ、お祝いの会)&同期会が1年振りに開催された。
 会場は、私の勤務する会社の直ぐ近くの御茶ノ水駅前と幹事が設定したものだから、私としては、万難を排して出席しなければいけない。6時半ごろから、ぽつぽつと集まり始めて5人になった。職業は色々。中学校の教員でソフトテニス指導、外資系でアメフットチームのMG、IT会社経営でラグビー関係、スポーツ協会関係の事務職を転々としている女性、そしてスポーツ品製造・卸の会社サラリーマンとみんな違うのが面白い。スポーツ界の裏話から、学会の話、大学閥の話、どこの大学の経営が厳しいとか、皆良く知っている。
 月曜日の夜の飲み会は、オジサンである私には翌日が飲み疲れが出て厳しいが、楽しい一夜を過ごさせてもらった。出席できなかった同期達には、電話攻勢で、「こっちは楽しいよ~欠席裁判だから、あの話を出すよ~」などと脅迫まがいの連絡をしている何某もいる。
 この同期のネットワークが上手くつながると、面白い。いや化学反応を起こして凄いことができるかもしれない。夕方から夜にかけて学んだ2年間、修論で悲鳴を上げながら苦労した仲間達を今後も大事にしていきたい。私の宝物(者)である。

(御茶ノ水駅前での記念写真。勤務の後に丸ノ内線の茗荷谷駅まで行き、東京教育大学の元の校舎に駆けつける2年間の生活は高脂血症になるほどリズムが乱れて体調も万全でなかった。大学受験時を思い出したくらい頑張った。いや、それ以上であったかもしれない。大学時代には、お互いに幼すぎて友達はいても同志はいなかった。大学院時代は志を同じくする同志が初めから全国から集まってきていた。中には、今までの勤務先を辞めてまでも入学している人がいたのには驚いた)

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